よく見ると、私は胴着ではなくピンクのブラウスに花柄のキュロットスカートと白いカーディガン。桃弥はTシャツにジーンズを着ている。

 頭の中の霧が晴れたように、現世の記憶を取り戻す。

「今日は2016年5月27日じゃ。アメリカ大統領が広島を訪問した歴史的な日じゃ。わしが来る前に、勝手に練習試合を始めおって。気を失うほど打ち合うとは、何かあったらどうする気じゃ。まったく、肝を冷やしたわい」

 今日は2016年……!?
 アメリカ大統領が広島を訪問!?

 道場の床に倒れている桃弥を揺り起こす。

「もも、起きて。もも!」

「……ね……ね?ここは……どこだよ?」

 桃弥は瞼を開き、キョロキョロと周囲を見渡す。

「私達、戻ったんだよ!もも、戻ったんだよ!」

「戻った……どこへ?」

「藤堂先生すみません。今日は練習休みます。お先に失礼します。もも、行こう」

「……行くって、どこへ?」

 寝ぼけているかのようにポカンとしている桃弥の腕を掴み、私は道場を飛び出した。

 ――公民館から徒歩2分の距離にあるコンビニの前。

「バニラがいい」

「ちぇっ、何で俺が奢んなきゃいけねーの?頭がいてぇ。ガンガンする。防具も着けてないのに、俺の頭、竹刀でガンガン殴ったのか?信じらんねぇ」

 桃弥は私達が何故道場に倒れていたのか、全く覚えてはいない。私自身も、何故道場に倒れていたのか定かではない。

「もも、何も覚えてないの?」

「ていうか、俺達胴着じゃなくて、何で私服なんだ?」

 桃弥は1945年のことも、1981年や1982年のことも全部忘れている。だとしたら……あれは夢だったのかな。

「……わかんないよ。でも、ここでアイス食べた気がしたの。きっとアイス食べたら思い出すよ」

「なんだよそれ。結局、奢れってことだろう」

 桃弥はバニラアイスを2本掴むと、レジに持っていき財布から小銭を取り出した。

「ゴチになりまーす」

「意味わかんねぇ。ていうか、俺、プチ記憶喪失。俺達、道場で何してたっけ?」

 コンビニの前にしゃがみ込み、2人でバニラアイスを食べる。口の中に甘いバニラの味が広がり、とても懐かしい気持ちになった。

「……もも、私……長い夢を見てたのかな」

「夢?お前、道場でぶっ倒れてる時に夢見たのか?さすが鉄の心臓。図太いな」