【音々side】

 ――深夜、祖母は家族と共に社宅に戻った。

 曾祖父は祖母の死を受け止められず、その場に泣き崩れ、「蛍子……蛍子……」と、何度も娘の名前を呼びながら遺体に縋り付いた。

「……お祖父ちゃんごめんね。最期に逢わせてあげれなくてごめんね」

 母は泣きながら曾祖父の背中を擦った。

 母と瑠美お姉ちゃんが祖母に死化粧《しにげしょう》を施し、まるで眠っているかのような祖母。枕経を終え、祖父が私達に話しかけた。

「音々さん、桃弥君、お世話になりました。2人のお陰で、最期まで蛍子の傍にいてやることが出来ました。本当にありがとうございました」

 祖父は泣き腫らした目で、私達に何度も頭を下げた。妻を亡くした無念さと悲しみから、膝の上で小刻みに手が震えている。

「蛍子の病気と原爆との因果関係はわかりません。じゃが、蛍子が白血病で亡くなったことは事実です。わしが蛍子の体調にもっと早く気付いていれば……蛍子は死なずにすんだかもしれん。蛍子の異変に気づいてやれんかったわしが、蛍子を死なせたんじゃ……。蛍子はわしを残して1人で逝ってしもうた……」

「紘一さん……。紘一さんのせいじゃないよ」

 家族の前では気丈に振る舞うものの、妻の死を受け入れることが出来ず私達の前で泣き崩れる祖父に、私も桃弥君もこれ以上掛ける言葉がなかった。

「音々さんも桃弥君も今夜はもう休んで下さい。蛍子はわしらで弔います」

「……はい」

 あの戦争が……
 あの原爆が……
 37年経った今も、人々を苦しめ命を奪ったのだろうか……。

 もしそうなら……あまりにも悲しすぎる。
 
 私達は焼香し手を合わせる。
 祖母の穏やかな死顔《しにがお》に、心より冥福を祈った。

 ――その時、室内の空気が大きく揺らいだ。激しい眩暈に襲われたように、天井がぐるぐると黒い渦を巻く。

 蝋燭の火が突然ピカーッと光った。眩い光が視界に飛び込む。

 ――次の瞬間、視界から全ての色が失われ、モノクロームの世界が広がった。

 恐怖から、隣に座っている桃弥君に視線を向けた。

「……もも」

 桃弥君も私と同じように異変を感じている。大きな手が咄嗟に私の手首を掴んだ。

 祖父の姿も、母や瑠美お姉ちゃんの姿も、蜃気楼のように空中に浮かんで見えた。

「桃弥君!?音々さん……!?」

 驚愕している祖父……。

 祖父の声が……鼓膜に届いたと同時に、全てのものが消え……、次の瞬間、視界が閉ざされた。


 ◇◇

 ー2016年5月27日ー

「もも、ねね、大丈夫か?しっかりせぇ」

 耳元で大きな声がした。
 ザワザワと子供の声もする。

 頬にヒンヤリとした感触がし、私は驚き瞼を開く。

「音々、気がついたんか。心配させよって。桃弥も、はよう目を覚まさんか」

 周囲を見渡すと、そこは公民館の剣道場だった。
 私達を揺り起こしたのは藤堂先生。心配そうに覗き込んでいるのは、四つ葉剣道クラブの子供達と当番の保護者。

「……えっ!?藤堂先生?私達はどうしてここに?今、何年ですか!?」

 藤堂先生は目をパチクリさせ、「よほど、打ち所が悪かったみたいじゃのう」と、豪快に笑った。