あの日、あの時、君といたモノクロームの夏。

「お祖父ちゃん……」

 母も瑠美お姉ちゃんも泣いている。
 なすすべのない私達は、一緒に泣くことしか出来なかった。

「蛍子のところへ今すぐ連れて行ってくれ。綾、わしを連れて行ってくれ。蛍子に逢わせてくれ……」

「お祖父ちゃん、お母さんは自分の病名を知らないの。自分の余命も知らないの。だから、無理だよ。ごめんなさい。今お祖父ちゃんが病院に行けば、お母さんは自分の死期を悟ることになる……。それだけはできないんよ……」

 冷静さをなくした曾祖父を、病院へ連れて行けば祖母を混乱させてしまう。母は心を鬼にして、曾祖父にそう伝えた。

 母も瑠美お姉ちゃんも嘘から解放されたと同時に、曾祖父の悲しみと絶望も背負うことになった。

 誰もが……
 この現実から目を背けたいと思っていた。

 でも……
 目を逸らすことは出来なかった。

 曾祖父に真実を伝えたことを知った祖父は、母や瑠美お姉ちゃんを叱ることはなかった。

 家族の看病疲れと、日々弱っていく祖母の姿を目の当たりにし、精神的に追い詰められ、極限の中でみんなが闘っていたんだ。

 ――6月になり、しとしとと涙雨の日が続く。

 祖母の容態は悪化し流動食も喉を通らなくなり、大好きなレモンジュースも飲み込むことが出来なくなった。

 抗がん剤の副作用で髪の毛も抜け、笑う気力も残ってないはずのに、私達が病室に行くと「こんなに髪が抜けたんよ」と、苦笑いしながら、祖母は薄くなった自分の頭部を撫でた。

 トイレに行くことも困難になりそれでも自力で用を足したいと、ベッド脇にポータブルトイレを置き、祖父に介助をしてもらいながら排せつを行った。娘である母や瑠美お姉ちゃんに介助を頼まず、祖母は力尽きるまで祖父を頼った。

 その姿に、祖父母の強い夫婦愛を感じた。

 この頃になると、母も瑠美お姉ちゃんも病院のトイレに篭り泣くことが増えた。祖母の前では涙は見せない。そんな思いからか、母は祖母の前では明るく振舞い、時に冗談を言いながら祖母を励まし続けた。

 私はそんな母の姿に涙を零した。

 ――6月2日、祖母は立つことが出来なくなった。ポータブルトイレに座ることも出来ず、最後まで拒んでいた尿管を通す。

 それでも祖母は、私達が病室に行くと嬉しそうに笑った。