あの日、あの時、君といたモノクロームの夏。

「お母さん、外出出来るくらい調子が良くなって良かったね。きっともうすぐ帰れるよ。美紘姉ちゃん、1ケ月したら赤ちゃん連れて来るって。丸々とした可愛い男の子だったよ」

「そう。それまでに元気にならないとね。綾は大丈夫なん?毎日病院に見舞いに来てくれて、社宅にも晩ご飯作りに来てくれて、体壊さないようにね。お母さんみたいに無理をしたらいけんよ。健康が一番じゃけぇね」

「わかってるよ」

 祖父はこの夜、夜勤で帰宅できなかった。

 翌日、祖母は夜勤明けの祖父と自宅で過ごし、夕方病院へ戻った。

 祖母の容態はこの日を境に、坂道を転がるように急激に悪化した。

 ――5月下旬、瑠美お姉ちゃんは泣きながら母に電話した。

 祖母が一時帰宅し、その変わり果てた姿を目の当たりにした曾祖父が、『本当のことを教えてほしい』と、瑠美お姉ちゃんに懇願したからだ。

『真実を知りたい』そう願う曾祖父の言葉に、母はある決意を固めた。

 祖父からも、親戚からも強く口止めされていた祖母の余命。実の父親である曾祖父にも、実の娘である美紘伯母ちゃんにも、真実を知る権利はあるのだと。

 ――翌日、母は社宅を訪れた。
 瑠美お姉ちゃんと2人で台所に立つ。

 曾祖父は桃弥君に支えられ、台所へやって来た。ダイニングテーブルの椅子に、ゆっくりと腰を落とす。

「お祖父ちゃん、座っとってね。すぐに晩御飯作るからね。桃弥君いつもありがとう。お祖父ちゃんがお世話になります」

 桃弥君は「いいえ」と、頭を下げる。

「綾、いつも悪いのう。蛍子はいつ帰れる?いつ退院出来るんじゃ?」

「お祖父ちゃん、お母さんはまだ帰れないよ。この間は一時帰宅しただけだから」

「綾、わしに本当のことを教えてくれんか?紘一さんも瑠美も本当のことを教えてくれんのんじゃ。蛍子の病気はただの貧血じゃなかろう。本当の病名はなんじゃ?蛍子はいつ戻れるんじゃ……」

 母は料理の手を止め、意を決したように曾祖父に視線を向けた。その眼差しはすでに潤んでいる。

「……お祖父ちゃん。お母さんはね、白血病なんよ。もうあまり長くは生きられない……。だからここにはもう戻れないんよ」

 母の目から涙が零れ落ちた。瑠美お姉ちゃんが両手で顔を覆い泣き出した。

「綾……、嘘じゃろう。蛍子が白血病?もう長く生きられん?嘘じゃ、嘘じゃ……。わしが蛍子より先に逝かんといけんのに。わしが……わしが……蛍子と代わってやりたい」

 曾祖父は声を上げて泣いた。
 いつも穏やかな曾祖父の、取り乱した姿を見たのは初めてだった。