あの日、あの時、君といたモノクロームの夏。

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 5月中旬、美紘伯母ちゃんが元気な男の赤ちゃんを出産した。私の従兄弟、大志《たいし》君は、3400グラムを超す大きな赤ちゃんだった。

 祖母は野上家から母子共に健康だと知らせを受け、安堵したのか悪化していた容態が一時的に安定する。

 母(綾)は甥の誕生を心から喜んだが、1月に我が子を亡くしたばかり。その胸中は計り知れない。

 野上家は祖母の余命を知らない。新しい家族の誕生、喜びに沸く野上家と、日に日に悪化していく祖母の容態を目の当たりにし、悲しみに塞ぐ守田家。
 対照的な2つの家族。

 このまま美紘伯母ちゃんに真実を知らせなくて本当にいいのか、母はまだ葛藤しているようだった。

 週末、美紘伯母ちゃんが入院する産婦人科に同行すると、美紘伯母ちゃんは妊娠出産で祖母の見舞いも看病も出来ないことを気に掛けていた。

「綾、瑠美、何も出来なくてごめんね。お母さんの具合はどう?まだ入院するようなん?」

 そう謝る美紘伯母ちゃん。ベットの横には小さな赤ちゃんが眠っている。母はその赤ちゃんを愛しそうに見つめた。

「お母さんなら大丈夫だよ。でももう少し入院するみたい。今日は赤ちゃんに逢えなくて残念がってた。今度逢わせてあげてね」

 母は美紘伯母ちゃんに嘘をつき、笑顔で答える。

「1か月経ったら、赤ちゃんを連れて逢いに行くよ」

 祖母の余命は、もう1か月もない……。
 それじゃ……間に合わないよ……。

 美紘伯母ちゃんの言葉が……
 真実を封印するみんなの作り笑顔が……
 とても虚しく感じた。

 ――数日後、祖母は1日だけ外出許可をもらい自宅へと戻った。曾祖父も久しぶりに祖母と逢い、とても喜んでいた。

 祖母の病気は回復に向かっている。
 誰もがそう思っていたが、『帰宅したい』という祖母の最後の願いを、医師が叶えてくれたに過ぎなかった。

 祖母のために、母や瑠美お姉ちゃんはテーブルに沢山の料理を並べるが、祖母は料理を少し口にしただけで、思うように食事を取ることは出来なかった。

 体調が思わしくないのか、祖母は帰宅しても布団の上でずっと横になっていた。私は気の利いたことも言えず、見守ることしか出来なかった。

 祖母は母を寝室に呼び、タンスの引き出しから色褪せた赤いお守りを取り出した。

「綾、このお守り、お母さんの母親の形見なんよ。母はお母さんが2歳の時に死んだんよ。だから、母の記憶はないの。このお守りは母が残してくれた唯一の形見なんよ。もし、お母さんが死ぬようなことがあれば、このお守りを棺の中に入れてね」

「やだな、お母さん……。縁起でもないこと言わないで」

「もしもの時の話。綾、頼むね」

 祖母はお守りを両手で抱きしめた。

「……わかった。ちゃんと覚えとくから」

「うん」

 祖母はそのお守りをタンスの引き出しに収め、安心したように横になる。