【音々side】

 ――病院で母と別れ、瑠美お姉ちゃんと社宅に戻る。

「綾姉ちゃんは1月に赤ちゃんを亡くしたばかりだから、お父さんが綾姉ちゃんに無理をさせるなって……。音々ちゃんと桃弥君がいてくれてよかったよ……。今までお母さんが入院したことはないんだ。私1人だと不安で……」

 病気がちで入退院を繰り返していた祖父。祖母は3人の子供と曾祖父(鉄太)の世話をしながら、祖父(紘一)をずっと支えてきた。

 衣料品店で洋服の仕立を請け負い、自宅で仕事をしていた祖母。家の中には常に足踏みミシンの音がコトコトと響き、3姉妹の洋服も祖母が手作りしたものが沢山あったそうだ。

「うちはお父さんが病気がちで裕福ではなかったけど、お母さんはいつも笑ってて優しくて、元気だけが取り柄だったんだよ。それなのに……」

「瑠美さん……」

 昨年2人の姉が嫁ぎ、突然母親が入院することになり、瑠美お姉ちゃんはどうしたらいいのかわからず、困惑しているようだった。

 それでも母親が元気になることを願い懸命に歯を食いしばり、専門学校に通いながら、家事と祖父や曾祖父の世話をし、毎日祖母の病院にも見舞った。

 祖母が入院し、数日後、精密検査の結果が出る。
 
 祖父は家に電話があるにも拘わらず、小銭を沢山入れた財布を持ち、社宅の敷地内にある公衆電話から母に電話をした。

「紘一さん、どうして家から電話しないんですか?」

「お祖父ちゃんには蛍子しか身寄りはない。余計な心配をさせたくないし、話しの内容を聞かせとうないんじゃ」

「紘一さん……」

「今まで、蛍子が病気になるなんて考えたこともなかった。音々さん、桃弥君……、医者から蛍子は余命2カ月と言われました。もう手の施しようがないそうです。化学療法(抗がん剤治療)と血小板や血液の輸血を行っていますが、それでも病状が改善されなければ……蛍子はあと2カ月しか生きられないんじゃ……」

 祖父は肩を震わせ、私達の前で涙を溢した。

「綾さんや瑠美さんには……」

「綾と瑠美には余命を知らせてありますが、美紘やお祖父ちゃんには知らせないつもりです。どうか瑠美の支えになってやって下さい。お願いします」

「紘一さん……。私達に出来ることは何でもします。家のことは心配しないで蛍子さんの傍にいてあげて下さい」