【桃弥side】
蛍子さんの体調がおもわしくないと聞いた音々は、血相を変え病院へ付き添った。見た目は健康そうで、ただの風邪のような気もするが、音々の様子は尋常ではなかった。
暫くして、紘一さんが帰宅した。
夜勤明け、少し疲れたようにも見えた。
「お帰りなさい」
俺が出迎えると、紘一さんは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「桃弥君!?どうしたんじゃ。急にいなくなったから心配したんじゃ。蛍子、蛍子、今帰ったぞ。桃弥君が来とるんじゃ、おらんのか」
紘一さんは、大きな声で蛍子さんを呼ぶ。
「紘一さん、蛍子さんは微熱が下がらないみたいで、音々と病院へ行きました」
「蛍子が音々さんと病院に?そうか……。そういえば風邪気味じゃ言うとったな。それより、桃弥君は今までどこに行っとったんじゃ?家に帰っとったんか?」
「俺達どこにも行ってません。信じてもらえないかも知れませんが、昨年の1月15日にここに泊めてもらい、あの夜、俺も音々も同じ夢を見たんです。それは暗闇を切り裂くような閃光でした。目が覚めたら、1年が経過していました。どうやら、一晩でまたタイムスリップしたようです」
「タイムスリップ……。また時空を瞬間移動したと?わしは綾の結婚式で逢った少年少女も幻想ではないかと思っとりました。……何故なら2人は、戦時中に出逢った少年少女のまま、年を取っていなかったからじゃ。それに……2人は翌朝忽然とわしの前から消えた。まるで神隠しのように……」
紘一さんは目の前にいる俺を見ても、まだ半信半疑だった。
「俺も音々も自分達ではタイムスリップすることをコントロール出来ないようです。1945年8月6日、紘一さんが警察の追求から俺達を逃がしてくれなかったら、俺達はきっと被爆していたでしょう。もしかしたら、あのまま死んでいたかもしれません。紘一さんも軍士さんも俺達の命の恩人です」
「あの日……。あれが夢や幻想でないのなら、桃弥君こそわしらの命の恩人じゃ。桃弥君の話を聞いていなければ、寮生のほどんどは戸外で作業し、死んどったかもしれん」
紘一さんは封印していた記憶の欠片を拾い集めるように、ぽつぽつと語った。
紘一さんにとって、8月6日の悲惨な出来事は思いだしたくもない辛い過去。16歳の若さで、地獄のような惨状を目の当たりにしたんだ。
平和な時代に生まれた俺達には、想像を絶するような被爆地の惨状……。
でも……あの日生き別れた時正のことが知りたい。時正が無事であることを確認したい。
今なら、紘一さんが時正や軍士のことを話してくれるかもしれない。
――そう思った矢先、家の電話がけたたましく音を鳴らした。その激しい音に胸騒ぎがした。
それは、病院に付き添っていた音々からの電話だった。
近所の個人病院で診察を受け血液検査をした蛍子さんは、主治医から総合病院での精密検査を勧められたそうだ。個人病院で「白血病の疑いがある」と宣告され、その電話を受けた紘一さんは慌てて家を飛び出す。
「桃弥君、悪いがお祖父ちゃんを頼む。蛍子の病名はくれぐれも言わんように」
「……はい」
戦後37年。
原爆投下時には広島を離れ疎開していた蛍子さんの発病。蛍子さんが原爆投下後、いつ広島に戻ったのか、病気と原爆との因果関係があるのか、医学的な知識のない俺にはわからないけれど、紘一さんの戦いはまだ終わってないのだと思わずにはいられなかった。
「お兄さん、蛍子がどうかしましたか?」
音々の曾祖父(河本鉄太《こうもとてつた》)が俺に問い掛ける。
「蛍子さんは風邪を……こじらせたみたいで……」
「風邪ですか。そりゃあいかんなぁ」
「大丈夫ですよ。きっとすぐによくなりますよ。お昼ご飯、俺でよければ何か作りますね」
曾祖父は蛍子さんの父親だ。
曾祖父に心配かけないように、俺は笑顔を作り明るく振る舞った。
蛍子さんの体調がおもわしくないと聞いた音々は、血相を変え病院へ付き添った。見た目は健康そうで、ただの風邪のような気もするが、音々の様子は尋常ではなかった。
暫くして、紘一さんが帰宅した。
夜勤明け、少し疲れたようにも見えた。
「お帰りなさい」
俺が出迎えると、紘一さんは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「桃弥君!?どうしたんじゃ。急にいなくなったから心配したんじゃ。蛍子、蛍子、今帰ったぞ。桃弥君が来とるんじゃ、おらんのか」
紘一さんは、大きな声で蛍子さんを呼ぶ。
「紘一さん、蛍子さんは微熱が下がらないみたいで、音々と病院へ行きました」
「蛍子が音々さんと病院に?そうか……。そういえば風邪気味じゃ言うとったな。それより、桃弥君は今までどこに行っとったんじゃ?家に帰っとったんか?」
「俺達どこにも行ってません。信じてもらえないかも知れませんが、昨年の1月15日にここに泊めてもらい、あの夜、俺も音々も同じ夢を見たんです。それは暗闇を切り裂くような閃光でした。目が覚めたら、1年が経過していました。どうやら、一晩でまたタイムスリップしたようです」
「タイムスリップ……。また時空を瞬間移動したと?わしは綾の結婚式で逢った少年少女も幻想ではないかと思っとりました。……何故なら2人は、戦時中に出逢った少年少女のまま、年を取っていなかったからじゃ。それに……2人は翌朝忽然とわしの前から消えた。まるで神隠しのように……」
紘一さんは目の前にいる俺を見ても、まだ半信半疑だった。
「俺も音々も自分達ではタイムスリップすることをコントロール出来ないようです。1945年8月6日、紘一さんが警察の追求から俺達を逃がしてくれなかったら、俺達はきっと被爆していたでしょう。もしかしたら、あのまま死んでいたかもしれません。紘一さんも軍士さんも俺達の命の恩人です」
「あの日……。あれが夢や幻想でないのなら、桃弥君こそわしらの命の恩人じゃ。桃弥君の話を聞いていなければ、寮生のほどんどは戸外で作業し、死んどったかもしれん」
紘一さんは封印していた記憶の欠片を拾い集めるように、ぽつぽつと語った。
紘一さんにとって、8月6日の悲惨な出来事は思いだしたくもない辛い過去。16歳の若さで、地獄のような惨状を目の当たりにしたんだ。
平和な時代に生まれた俺達には、想像を絶するような被爆地の惨状……。
でも……あの日生き別れた時正のことが知りたい。時正が無事であることを確認したい。
今なら、紘一さんが時正や軍士のことを話してくれるかもしれない。
――そう思った矢先、家の電話がけたたましく音を鳴らした。その激しい音に胸騒ぎがした。
それは、病院に付き添っていた音々からの電話だった。
近所の個人病院で診察を受け血液検査をした蛍子さんは、主治医から総合病院での精密検査を勧められたそうだ。個人病院で「白血病の疑いがある」と宣告され、その電話を受けた紘一さんは慌てて家を飛び出す。
「桃弥君、悪いがお祖父ちゃんを頼む。蛍子の病名はくれぐれも言わんように」
「……はい」
戦後37年。
原爆投下時には広島を離れ疎開していた蛍子さんの発病。蛍子さんが原爆投下後、いつ広島に戻ったのか、病気と原爆との因果関係があるのか、医学的な知識のない俺にはわからないけれど、紘一さんの戦いはまだ終わってないのだと思わずにはいられなかった。
「お兄さん、蛍子がどうかしましたか?」
音々の曾祖父(河本鉄太《こうもとてつた》)が俺に問い掛ける。
「蛍子さんは風邪を……こじらせたみたいで……」
「風邪ですか。そりゃあいかんなぁ」
「大丈夫ですよ。きっとすぐによくなりますよ。お昼ご飯、俺でよければ何か作りますね」
曾祖父は蛍子さんの父親だ。
曾祖父に心配かけないように、俺は笑顔を作り明るく振る舞った。

