あの日、あの時、君といたモノクロームの夏。

 ◇◇

 ――翌日、不思議なことが起こった。

 布団で眠ったはずなのに、気が付くと私達はリビングのソファーに座っていた。この部屋に宿泊した形跡はなく、瑠美お姉ちゃんは「久しぶりじゃね。また家出したん?」と私達に問い掛けた。

「翌朝、突然姿を消すから大騒ぎしたんよ。私が言ったこと気にしたん?お父さんがすっごく心配したんだから。あの狼狽振りは尋常じゃなかったね」

 翌朝姿を消す?
 私達、ずっとここにいるのに?

「また訪ねて来るなんて、やっぱりお父さんの隠し子なんじゃろう」

「……まさか!?」

 瑠美お姉ちゃんは冗談とも本気ともわからない言葉を投げかけ、私達をリビングに残し専門学校へ行く。

 この状況に戸惑い、守田家の壁に掛かるカレンダーに視線を向けると、日付は1982年4月7日になっていた。
 昨日は確かに1981年1月15日、両親の結婚式だった。

 それなのに、一夜明けた今日は、あれから1年以上の時が経過している。

 この社宅に1年以上も暮らした形跡は全くない。その証拠に、瑠美お姉ちゃんは私達に『久しぶりじゃね』と言った。

 ――明らかに……またタイムスリップしている。

 まるで狐につままれたようだ。
 
 桃弥君と顔を見合わせる。
 これは現実ではなく。全て夢なのかもしれない。

 そう思わずには、いられなかった。

 それでも祖母は、一度しか逢ったことのない私達に優しく接してくれた。

「美紘も去年の6月に結婚したんよ。もうすぐ赤ちゃんが生まれるんよ」

 美紘伯母ちゃん、結婚したんだ……。

 母から以前聞いたことがある。
 私達にはもう1人、兄弟がいたということを。

「蛍子さん。綾さんは……」

「綾も赤ちゃんを授かったんだけど。1月にね、お腹の中で死んでしまってだめだったんよ……。あの子は口には出さんけど、美紘の妊娠で辛い思いをしてると思うの」

「そうですか……」

 初めて授かった赤ちゃんを亡くした母の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうに痛む。

「私もね、美紘と綾の間に1人流産しとるんよ。でもそのあと子供に恵まれた。だから、綾もきっとまた赤ちゃんを授かれると思ってる」

 ふと……
 母の言葉を思い出した。

『初めて授かった赤ちゃんを胎内で亡くし、その5ヶ月後に母を亡くしたのよ。あの時の辛さは一生忘れられないわ』

 カレンダーは4月……
 母が赤ちゃんを亡くしたのは1月……。

 全身から血の気が引くのがわかる。
 祖母の命が……危ない……!?

「蛍子さん……!」

「音々さんどうしたの?大きな声を出して」

「蛍子さん。最近体調悪くないですか?」

「綾から聞いたん?それともお父さんから聞いたん?更年期かな。1月くらいから生理が長引くし、歯茎から出血するんよ。微熱も下がらんし、多分風邪よね。綾のこともあったし、もうすぐ美紘も臨月に入るから、寝込んでる暇はないんだけど。体がだるくて少し動いただけで息切れがして、家事をしていても最近ふらついてね。どっと疲れが出たみたい」

「蛍子さん。すぐに病院へ行ってください。私が付き添います」

「音々さん?家にはお祖父ちゃんがいるし……病院だなんて大袈裟よね」

「大袈裟だなんて、病院に行きましょう。ここは桃弥君がいるから大丈夫です。もも、お祖父ちゃん(鉄太)をお願いね」

「ねね?どうしたんだよ」

「蛍子さんの体調が悪いの。だから……お願い」

「わかった。俺が留守番するので、蛍子さん病院へ行ってください」

「そうね。お父さんは昨日夜勤だったからもうすぐ帰ると思うんよ。桃弥君、私が病院へ行ったとを伝えてくれる?」

「わかりました。任せて下さい」

 桃弥君を残し、私は祖母と一緒に社宅を出てかかりつけの個人病院へ向かった。