あの日、あの時、君といたモノクロームの夏。

 【音々side】

 桃弥君の唇が頬に触れた……。
 
 その優しいぬくもりに、涙が溢れて止まらなかった。

 記憶の欠片は失われたままだけど、胸が熱くなるのはなぜだろう。

 愛しくて……

 こんなにも恋しくて……

 きっと私も、桃弥君のことが好きだったんだね……。



 ―8月6日、早朝―

「もも、おきて……」

 薄雲ではあったが、空は澄んだように青い。
 この穏やかな町が、たった一発の原爆で壊されてしまうなんて、原爆投下の朝を迎えても信じられなかった。

 私の声に、桃弥君がゆっくりと洞窟から出てきた。

「おはよう。もも」

「おはよう、ねね。怖くない?」

「……うん。ももがいるから……怖くないよ」

 午前7時9分空襲警報が発令され、山の上にも警報が微かに聞こえた。原爆投下は午前8時15分。退避するなら、あと1時間ある。

「逃げろー!みんな、逃げろー!」

 桃弥君は山の上から、声を張り上げた。私も桃弥君と一緒に叫ぶ。

「逃げてー……!早く逃げてー…!」

 私達の声は、誰にも届かないかもしれない。でも、そう叫ばずにはいられなかった。

 午前8時過ぎ。桃弥君は私の手を握り、洞窟の中に入った。

 怖くないなんて、嘘だ。
 本当は怖くて怖くて震えてる。

 きっと桃弥君も同じはず。それなのに桃弥君は私を不安にさせないように優しい笑みを浮かべ、震える手をずっと握ってくれた。

 “広島上空に米軍機の爆音が鳴り響く。いつもより、低空飛行。”

 鉄道寮のみんなは防空壕に避難しただろうか……。

 時正君もお祖父ちゃん《紘一》も、ちゃんと避難しただろうか……。

 大崎のお婆ちゃんも富さんも、無事に県外に退避しただろうか……。

 広島市民は……
 大勢の人達は…………。

 どうか……どうか……
 みんなを……助けて下さい。

「ねね……」

「もも…………」

 刻一刻と迫る破滅の時、私達は強く手を握り合う。

 8時13分……

 8時14分…………

 8時15分………………

 激しい恐怖が全身を襲うが、私達は目を逸らすことなく洞窟から澄んだ青空を見つめた。


 ―“8時15分17秒―
 ―広島に原爆が投下された”―

 “産業奨励館(原爆ドーム)の東側に位置する広島市細工町にある島病院の600メートル上空で閃光が光る。”

 核分裂爆発が起きる寸前……

 突然視界は遮断され、私達の体は時空の渦にのみ込まれた。