「白米のおにぎりじゃ……」

 空腹を我慢していた2人が、ゴクンと生唾をのむ。

「どうぞ召し上がって下さい」

「食うてもええんか?軍士、桃弥君、遠慮のうもらおう」

「そうじゃな。腹が減っては戦は出来ん」

 紘一と軍士は両手でおにぎりを掴むとガツガツと貪り食った。

 音々はおにぎりを右手でひとつ掴むと、左手を添え俺に差し出す。

「桃弥君もどうぞ。お腹鳴ってますよ」

 痩せ我慢をしていても、腹の虫は正直だ。ここにきて、まともな食事はしていない。

「……ねね、ありがとう。俺のことはももでいいよ。ねねは俺のことをずっと『もも』と呼んでいたんだ」

「私があなたのことを『もも』って呼んでいたの?」

「そうだよ。俺達は隣に住んでいた。子供の頃からずっと一緒だった。ねねは3人兄弟の末っ子で、お姉さんとお兄さんがいる。俺は一人っ子だ。俺達は2人で剣道の道場にも通っていた。ねねは負けず嫌いで、俺はいつもねねにやられっぱなしだった」

「私が……負けず嫌い?」

「そうだよ。2人で試合するといつも俺がアイスクリームを奢らされてた。あの日も、剣道場から帰宅し時正と出逢った。時正はこの時代の人間だ。原爆投下と同時に2016年5月27日にタイムスリップしたんだ。突然現れた時正と一緒に、翌日3人で平和記念公園に行ったんだ。原爆ドームや慰霊碑、原爆資料館にも行った。それも覚えてないのか?」

 音々はコクンと頷く。

「平和記念公園で雨が降り出し雷光が空を切り裂いた」

「……雷光」

「俺達3人は雷光に包まれ、ここにタイムスリップしたんだ」

「私達が……タイムスリップ……」

「そうだよ。ねね、ここは第二次世界大戦の広島だ。1945年8月6日、広島に原爆が投下される。だから俺達は広島から退避を促す警告文を作成し、ビラを町中に配ったんだ」

「8月6日……広島に原爆が投下される……」

「ねね、思い出して。原爆投下によって広島の街がどうなったか、思い出すんだ」

 音々は両手で頭を抱え蹲った。
強く閉じられた瞼。その顔は苦痛に歪む。

「……ごめんなさい。思い出そうとすると頭が割れるように痛い……」

 俺達に気を遣い、紘一と軍士は部屋の隅でおにぎりを食べていたが、突然、紘一がスクッと立ち上がった。

「紘一、どうしたんじゃ」

 軍士がおにぎりを掴んだまま、紘一を見上げた。

「わしは時正を陸軍から助け出す」

「あほなこと言うな。時正は爆心地におるんじゃ。今からわしらが行ったところで、釈放なんかされん。わしらも牢屋にぶち込まれ拷問されるだけじゃ」

「軍士は時正を見殺しにせぇいうんか。わしは時正を見殺しには出来ん。中島地区は原爆で破壊されるんじゃ。あの町は原爆で焼失するんじゃ!時正がこのまま死んでもええんか!」

 3人の中で一番冷静だと思われていた紘一が、軍士の忠告に反論した。その言葉に背中を押されるように、俺も立ち上がる。

「……紘一さん。行こう!時正を助けに行こう!ねねはここで待ってろ。俺は紘一さんと一緒に時正を助け出す」