【桃弥side】

「ねね!?お前……どうしてここに」

「あなたは……」

「桃弥君、はよう中へ。寮長に見つかったら大変じゃ」

「あっ……うん。ねね、こっちへ」

 狼狽える俺とは対照的に、音々はとても冷静で落ち着いていた。寮の中に入ると、開いたドアからたくさんの坊主頭が覗いている。

「誰じゃ?女じゃ!よそもんの女か?ええ女じゃのう」

「シーッ!ドアを閉めんか」

 紘一と軍士は開いていたドアを次々と閉める。自分達の部屋に戻ると、軍士はドアの内側からつっかえ棒をし、布団を山積みしドアを塞いだ。

「ねね、いつからこの時代に?ねねはタイムスリップしていないと思ってた。今までどこにいたんだよ」

「あなたは……私のことをご存知ですか?私……自分のことがわからないの。だからそれを知りたくてここに来ました。自分が持っていた所持品で、自分の名前が榮倉音々だと知りました。それ以外は……わからないの」

「それ、どういうことだよ?まさか……記憶喪失!?」

 音々はコクンと頷いた。

「8月2日、大崎さんの家の庭に倒れていたそうです。名前も素性もわからない私を、お婆ちゃんは家に住まわせ世話をしてくれました」

「大崎って……。もしかして、時正のお婆ちゃん?」

「はい。中島新町に住む大崎和子さんです」

「音々さんは桃弥君の携帯電話の写真に写っていた女の子じゃろう。音々さんも未来からきたんか?時正はどうしたんじゃ?時正にはおうたんか?」

 紘一が矢継ぎ早に問いかける。

「……時正君に逢いました。彼のお父さんがトラックで私をここまで送ってくれました。時正君も寮に戻るつもりでした。でも……軍人さんにトラックを止められ、ビラを配布した首謀者として捕らわれました。時正君は私やお婆ちゃんを助けるために、自分が犠牲になったんです」

「時正が……軍人に捕まった!?」

「なんちゅうことじゃ。あの時正が……捕まるなんて……」

「時正君がここにくれば桃弥君に逢えると教えてくれました。だからここに来ました。これは……時正君のお婆ちゃんが皆さんで召し上がって下さいって……」

 音々は風呂敷包みをみんなの前で広げた。そこには白米のおにぎりがたくさん入っていた。そして時正のカバンを紘一に手渡した。カバンの中には今日配給された米や味噌、芋や煮干しなどの食材がぎっしりと入っていた。

 作業を無断欠勤した厳罰で、夕飯を抜かれた紘一と軍士の腹の虫がグゥーと音を鳴らす。