「はい」

 この時代の人間ではないことは漠然と理解できている。でもこれが現実なんだ。

 昼休憩をしていると、軍人の目を盗んで男子が町民に何かを配っていた。その人は足早に私達にも近付く。

 帽子を目深に被っていたが、その横顔になぜか見覚えがあった。

「これは駐在さんには見せんで下さい。明日の朝、8時15分広島に原爆が投下される。空襲警報が解除されても防空壕から出たらいけん。退避出来る人は近隣の県に逃げてください」

「これはなんね?原爆ってなんね?」

 富さんは男子に疑問をぶつける。男子はきょろきょろしながら周囲の様子を伺っている。

「ビラをはようポケットに入れて。家に帰って読んでつかあさい」

 富さんは帽子で隠れた男子の顔を覗き込み、まじまじと見つめる。

「あんた、誰か思うたら、大崎の婆ちゃんちの時正君じゃないんね?」

「えっ?」

 名前を呼ばれ、男子が慌てている。

「やっぱり時正君じゃ。うちは婆ちゃんちの隣に住んどる小林じゃ。ほれ、頬被りで顔がわからんかったん?」

「こ、小林のおばさん……!?」

「ここで勤労奉仕しとるもんは、同じ町内のもんばかり。みんな大崎の婆ちゃんの知り合いじゃ。ここでこんなビラを配ったらいけん。婆ちゃんまで変な目で見られてしまうがね」

「……おばさん。ここに書いとることはほんまじゃけぇ。明日は防空壕から出たらいけんよ」

「それはできん。明日も勤労奉仕じゃ。みんなお国のために働いとるんじゃけぇ」

「そこの男子、なにをしとる」

 不審な動きをしている男子に、組長さんが声を掛ける。私に背を向けていた男子が、組長さんから身を隠すように振り返る。

 男子と目が合い、彼は私を見て驚いたように目を見開いた。

「組長さん、この人は大崎の婆ちゃんちの孫じゃ。日の丸鉄道学校の学生さんじゃ。従兄弟の音々ちゃんに逢いに来なさっただけじゃけぇ」

 富さんが咄嗟に機転をきかせた。

「日の丸鉄道学校?学徒動員で広島に?そりゃあご苦労さんです。今日は仕事はどうされたんじゃ?」