【音々side】

「大崎の婆ちゃん。おはようございます。昨夜は蒸し暑うて寝れんかったじゃろう」

「富ちゃん、おはよう。音々ちゃんがうちわで扇いでくれたけぇねぇ。よう寝れたわい。有難いことじゃ」

「ほうね。そりゃあえかった。音々ちゃん、勤労奉仕の準備は出来とるん?組長さんには大崎の婆ちゃんの孫じゃいうことにしとるけぇね」

「富ちゃんありがとね。音々ちゃんは自分の名前も忘れとったんじゃ。駐在さんや軍人さんに職務質問されんように、よろしゅう頼みます」

 富さんは自分の胸を力強く叩く。

「うちに任せてつかあさい。音々ちゃん、うちの傍から離れたらいけんよ。ええね」

「はい。宜しくお願いします」

 勤労奉仕の仕事がどんなことをするのか見当もつかない私は、不安で堪らなかったが、お婆ちゃんからお昼のおにぎりをもらい、富さんと一緒に家を出る。

 ここに来て外出するのは初めてだ。
 付近には寺院もある。古い町並み、木造の家が立ち並ぶ。

 行く先々で軍人さんが建物の破壊をしている。空襲を受けた時、住宅火災被害を最小限に食い止めるためらしい。
 町民で形成された奉仕隊の仕事は、破壊した建物の瓦礫をトラックに積み込み処理をする。8月の気温、なれないもんぺ姿、朝からうだるように暑く、少し動いただけで体から汗が噴き出す。

「組長さん。この子が大崎の婆ちゃんの孫じゃ。今広島に疎開しとるんよ」

 富さんが年配の男性に声を掛け、お婆ちゃんの孫だと嘘をつく。

「疎開?東京のお孫さんか?娘さんの家族は東京大空襲で全員亡くなったと聞いとったが、孫娘が生きとったんか。そりゃあえかった。奉仕隊も若者は大歓迎じゃ。しっかりきばりんさい」

「はい」

 緊張しながら頷く私。嘘をつくのは苦手。汗を拭いながら慣れない仕事に精を出す。

 汗と埃にまみれ午前の作業を終え、お婆ちゃんが持たせてくれた麦と玄米の混じったおにぎりを食べる。

「今日は米の配給があるけぇ楽しみじゃねぇ」