あの日、あの時、君といたモノクロームの夏。

 【音々side】

 ―8月4日土曜日―

「お婆ちゃん、煮物味見してもらえますか?」

 煮干しと芋と豆が入ってるだけの煮物。
 煮干しはだし用だと思っていたけど、取り出さずそのまま芋と煮て食べる。

 食料が手に入らない時代。富さんの実家が農家らしく、お隣から時々野菜を分けてもらい、これでも比較的食料に恵まれている方だと、お婆ちゃんから聞いた。芋も煮干しもここでは貴重な食材だ。

 お皿にだし汁を少量入れ、お婆ちゃんに差し出す。お婆ちゃんはお皿に口を当て、ごくんと飲み干す。

「音々ちゃんは料理上手じゃねぇ。美味しいよ」

「よかった」

 料理なんて、家庭科の授業でしかしたことはない。お世辞だとわかっていても、お婆ちゃんに褒められると嬉しい。

 家庭科の授業では、いつも……食いしん坊の誰かがつまみ食いをし、先生に叱られていた記憶がある。

 それが誰だったのか……
 私はいまだに思い出せない。

「明日は米の配給があるんよ。音々ちゃんに白米を食わせてあげるけぇね。今夜は雑炊で我慢してつかあさい」

「我慢だなんて、どこの誰かわからない私を泊めて下さり、食事までいただけるなんて、お婆ちゃんには感謝しています」

「こんな時代じゃ。困っとる時は助けあわんとねぇ。音々ちゃんが傍にいてくれるだけで、わしも心強い。空襲警報が発令されるたびに、1人で防空壕まで避難するのは大変でのう。つい、押し入れに入ってしまうんじゃ」

「空襲警報……」

 今日は雨だ。
 東京では連日空襲があると聞いた。

 ご近所の主婦も、毎日勤労奉仕に出かけているという。私はこの時代の人間じゃない。それは漠然と分かっている。

 ここに来る前、誰かと一緒だったはず……

 でも、それは誰……?

 お婆ちゃんに「音々ちゃん」と呼ばれるたびに、懐かしさから脳の奥がズキンと痛む。誰かにずっと「ねね」と呼ばれていた気がする。

 大切なものを、どこかに落としたみたいに。大切な記憶を、どこかに落としてしまった。

 誰かが自分を捜しているのではないかと、気持ちはそわそわと落ち着かない。

「まだ家族のこと、思い出せんね?」

「はい……」

「富さんが、音々ちゃんも勤労奉仕に出たらどがいじゃいうてね。ご近所さんに色々言われとるらしいんよ。このご時世じゃ。女もみんな働いとるけぇ断るに断れんでのう。悪いけど明日建物疎開の手伝いをしてくれんね。空襲による類焼を食い止めるために、建物を間引いて瓦礫を処理するんじゃ」