「桃弥君の話がほんまじゃとしても、きっと広島の人は県外に退避なんかせん。学徒動員で広島に来たもんも、建物疎開のために勤労奉仕しちょるもんも、作業を放りだして逃げ出したりはせん。退避出来んのなら、防空壕や頑丈な建物に誘導することも大切なことなんじゃ」

「軍士さん……。4日に警告文を配布することは出来ませんか?」

「4日にビラを配布したら、5日には警察が動く。すぐにわしらの仕業じゃとわかるじゃろう。鉄道寮の仲間に協力してもろうても、みんなが捕まったらもともこうもない」

「桃弥君、軍士の言うとおりじゃ。ビラは5日に貼るんじゃ。出来るだけ多くの場所に貼るんじゃ。そのためにも、警告文を沢山作る必要がある。軍士の言うとおり寮の仲間に力を借りるんじゃ。失敗は許されん。そのためにも焦りは禁物じゃ」

 紘一と軍士は慎重にことを運ぶべきだと力説した。『5日では遅すぎる』そう思っているのに、この時代に存在しない俺は、紘一や軍士に逆らうことが出来なかった。

 警察が動けば、すぐに鉄道寮の学生が逮捕されてしまうと思ったからだ。

「わかった。紘一さんと軍士さんに従うよ」

 携帯電話もパソコンも、SNSも災害の緊急エリアメールもない時代。命に拘わる危険が迫っているのに、緊急事態を拡散することも出来ない。

 俺達はその夜、深夜まで警告文の作成に時間を費やした。時正も紘一も軍士も、翌日も作業があるにも拘わらず協力してくれた。

 ―8月4日金曜日、朝―

 今日も雨、時正達が作業に出かけ、1人で黙々と警告文のビラを作る。ふと作業の手を止め、携帯に手を伸ばす。

 画像を開くと、笑顔の音々。
 時正の言う通り、音々はタイムスリップしていない。もしタイムスリップしているなら、俺達と同じ場所にいたはずだ。

「ねねも父ちゃんも俺のこと捜しているのかな」

 窓の外を眺める。しとしと降る雨。
 窓の外の風景を見ても、自分が今戦時中の日本にいるなんて信じられない。

 1日も早く広島の人に危険を知らせたいが、それもできないままもう3日目。もしかしたら、自分はこのまま戦争に巻き込まれ死んでしまうかも知れない。今まで感じたこともないくらいの激しい恐怖と焦りに支配されながらも、ビラを作ることしか出来ない自分が情けなかった。