「こがあな新聞を作っても誰も信じやせん。時正や桃弥君の立場が悪うなるだけじゃ。時正、新聞ははよう燃やしてしまえ」

「紘一、これは作り話じゃない。ほんまの話じゃ。これは未来の新聞じゃ、貴重な新聞じゃ、僕は燃やさん。僕の話を信じてくれ」

 紘一は溜息を吐きながら、腕組みをし暫く考え込んでいた。

「じゃあ桃弥君が未来から来たっちゅう証拠は?わしらにわかるように、証拠を見せてくれんね」

 証拠と言われても、新聞を信じて貰えないのなら、何を見せても無駄だ。俺はポケットから携帯電話と財布を取り出す。

「ごめん。これしか所持品はないんだ」

 2人は携帯電話を手にし、マジマジと見つめた。

「これはなんじゃ?見たこともない機械じゃ。新型の無線機か?」

「これは携帯電話だよ。写真や動画も撮れる。この時代では電波は通じないけど、充電はまだ残ってるから写真は見れる。ここには2016年の風景も写っている。中島地区は原爆投下後、平和記念公園として整備されたんだ。これがその平和記念公園、これが原爆死没者の慰霊碑、これは原爆ドーム」

 俺は2016年5月28日に撮影した画像を紘一や軍士に見せた。

「これが原爆ドーム……?これは産業奨励館じゃないんか」

「そうじゃ。これは産業奨励館じゃ。原爆投下で建物の大半を破壊したけど、産業奨励館は奇跡的に残ったんじゃ」

 紘一と軍士は時正の言葉に顔を見合わせた。俺の話を信用しなかった2人が、変わり果てた産業奨励館を目にし、その風景をバックに俺と時正が一緒に撮った写真を見て息をのんだ。

「これが未来の広島なら、なしてここに時正が写っとるんじゃ」

「僕は8月6日の朝、未来にタイムスリップしたんじゃ。そこで終戦を知った。翌日、桃弥君と平和記念公園に行った。突然豪雨になり雷光に包まれ……気がついたらまたここに戻っとったんじゃ。僕は奇跡的に未来と過去にタイムスリップした。今日は8月2日じゃ、まだ間に合うんじゃ。僕は広島の人を原爆から助けてやりたいんじゃ!」

「タイム……スリップ。時正が未来や過去に……?そがあなこと言われてもわしは信じられん。この写真は作りもんじゃ」

 軍士は携帯の画像を見ても、信じてはくれなかった。紘一は何度も画像に視線を落とす。

「軍士、わしは……時正が嘘をついとるとは思えん。時正が写真を細工するとは思えん。そがあなことをしても、何の得もなかろう。時正の言うとおり8月6日に米国が新型核爆弾を広島に落とすなら、みんなを退避させんといけん……」

「どうやって退避させるんじゃ。こがあな写真や新聞を見せたとこで、誰も信じやせん。広島の全市民を県外に退避させることは不可能じゃ」

「そがあなことはわかっとる。中島地区におる人だけでも避難させるんじゃ。寮のみんなには、8月6日は中島地区へは近づかんように伝える。それなら被害も最小限に抑えられるじゃろう」

 紘一は原爆の威力を知らない。敵国軍機から投下される爆弾と同じくらいの破壊力だと思っている。

 軍士は俺達の話を聞いても、まだ考え込んでいた。暫くして、重い口を開く。

「和男ですら信じてくれんのに、どうやって寮の仲間や市民を説得するんじゃ。駐在に捕まったらわしらも終わりじゃぞ」

 みんなを巻き込むわけにはいかない。警察や陸軍に捕らわれることを、みんなは恐れているんだ。

 重苦しい空気の中、俺は口を開く。

「紘一さんや軍士さんに迷惑は掛けません。紙を手に入れてもらえませんか。印刷が出来ないなら手書きで警告文を書きます。中島地区の皆さんに退避するように警告します。もし警察に咎められても、俺が全責任を負います。鉄道寮の皆さんに迷惑なんて掛けません」

「桃弥君……。わしも警告文を書くよ」

 紘一が俺達に賛同してくれた。

「わかった。桃弥君がそこまで言うなら、わしも字は得意じゃ。手つどうちゃる」

 軍士の力強い言葉に、時正も俺も深く頷いた。