それから時正はずっと黙っていた。父がキッチンでカレーを温める。カレーの匂いが部屋に充満し、腹の虫がグーと鳴く。

 浴室に入ると窓が全開になっていた。俺は全開になっている浴室の窓を慌てて閉める。隣家には音々が住んでいる。音々も剣道から帰宅したらすぐに入浴するはず。

 音々の家の浴室にも明かりが点いている。

「時正のヤツ、油断も隙もねぇな」

 体を洗いながら、窓を開けていた時正に憤慨する。だが、浴室は綺麗に整頓され、使ったタオルもちゃんと洗い、タオル掛けに干してある。

「性格は几帳面なんだな」

 アメリカ大統領のスピーチを聞きながら、取り乱した時正。その姿は尋常ではなかった。

 まるで日本の敗戦や、終戦を知らないみたいだ……。

 まさかな。
 時正は16歳だ。

 学校の授業で第二次世界大戦や原爆投下、日本の敗戦や終戦を勉強したはず。
 歴史が苦手な俺でも、それくらいは知っている。

 時正の家庭は電化製品も揃っていないような経済状況。もしかして学校に行けない事情でもあったのかな。

 浴室から出てキッチンに戻る。
ダイニングテーブルに父と時正が着席し、父はビールを飲んでいる。時正の目の前にカレーは置かれているが、時正は暗い顔で俯いたままだった。

「桃弥も食べるだろう」

 父はグラスをテーブルに置いた。

「俺は自分でするからいい。作りながら味見したからね。父ちゃん、今日のカレーは絶品だろ」

「うまいが、剣道に行く前につまみ食いしたのか」

「カレーは摘まめねーよ。味見したんだよ。腹が減っては勝負出来ねぇからな」

「物は言いようだな。時正君、カレーは嫌いだったかな?何か他の物を用意しようか?」

 一口も食べない時正に、父は気をつかっている。

「……いえ、白米なんて久しぶりだから。こんな豪華な食事も初めてで、食べてしまうのがもったいなくて……」

 カレーとサラダ、音々のお母さんからもらった唐揚げ、豪華だなんてどこがだよ。