――僕は作戦室には入れず、地下壕の小窓からずっと空を見上げていた。

 ここは半地下式のコンクリート耐爆シェルターだから空爆されても安全だと、谷崎大佐から聞いていた。

「桃弥君と音々ちゃんは無事に逢えたかのう……」

 ――“午前8時15分17秒、広島に原爆が投下された。”

 小窓から入った熱線と衝撃波により、僕の体は吹き飛ばされ壁に激突し、一瞬にして光を失った。僕は両目を負傷し、視力を奪われた。

 ぼんやりと見えるのは白と黒の世界。

 まるで靄がかかったように、黒いものが目の前で蠢いている。人の呻き声と叫び声、その黒い物体が負傷した人影であると気付く。

「……紘一、軍士……」

 鉄道寮の仲間が……桃弥君が……

 音々ちゃんの命が………危ない。

 司令部の中は騒然としていた。作戦室も指揮連絡室も被害を受け、混乱した中で警戒警報が各方面に伝達されることはなかった。みんな我先に地下壕の外に脱出する。谷崎大佐は負傷しながらも、広島空襲を他の軍管区司令部や歩兵連隊司令部に伝えた。

 僕は床を這うように地下壕の外に脱出した。
 巨大な爆風が街の建築物の大半を破壊し、木造住宅は全壊し炎上していた。

 “戸外で被爆した者は即死、建物内や防空壕にいて奇跡的に助かった者も、猛烈な火と煙の中、重度の火傷を負い苦しみながら、自ら川に飛び込み、川には無数の死骸が浮かんでいた。”

 思うように体が動かず、肺が圧迫されたみたいに呼吸も苦しくなる。足がもつれ、僕は川辺に突っ伏した。

 ――僕の脳裏に……
 ある記憶が蘇る。

 ――そうだ……僕は……
 以前にも、原爆投下を目視している。

 あの閃光は……原爆だったんだ……。

 ◇◇

 ―1945年8月5日(はじまりの時)―

『紘一、7月になり敵機の空爆減ったと思わんか?』

『日本が勝っとる証拠じゃ。もうじき、戦争も終わるかもしれんのう』

 徹夜作業をしながら、紘一は夜空を見上げた。草むらではヘイケホタルの灯りが揺れている。

『ほんまに戦争が終わるんじゃろうか?』

『そりゃあいつかは終わるじゃろう。もし戦争が終わったら、時正は何がしたい?わしは一度でええけぇ好きな女子と付き合いたいのう。時正はどうじゃ?女子寮に好きな子はおらんのんか?』

『こんな時に、紘一は呑気じゃのう。僕はそがあなこと、考えたこともない』

『ほんまかぁ?』

 紘一は僕をからかいながら、貨物機関車に荷物を積み込んだ。

 紘一はどちらかといえば、男子にも女子にも人望がある。女子寮の学生からは、おにぎりの差し入れを貰うこともある。僕はどちらかといえば冴えない男だ。人見知りだし、性格も暗い。自己主張することは苦手で、同期の中でも存在感も薄く、友達も少ない。

 女子と付き合う以前に、女子と話しをすること自体、僕には永遠に無理だと思う。

 ――その夜、“9時27分空襲警報が発令された。
 8月6日深夜零時25分にも空襲警報が発令された。”
『戦争はもうすぐ終わる』といった紘一も、2度の空襲警報に戸惑っている。

 徹夜作業を終えた僕達は一旦鉄道寮に戻る。

 ――“午前7時9分、再び空襲警報が発令された。
 米軍機は広島上空を旋回しただけで通過する。”僕は風邪気味の仲間に代わり、午前中だけ作業に携わることになった。

「時正、大丈夫か?わしが代わるけぇ、お前は寮で休んどれ」

「これくらい大丈夫じゃ。紘一こそ休んどれ。じゃあ行ってくるけぇ」

 ――そして……
 午前8時15分、僕は低空飛行する米軍機の爆音に空を見上げた。

 ――その時、空がピカーッと光った。

 僕の体は……
 あの瞬間、未来に飛んだ……。

 そこで……
 君たちに出逢った……。