連行される寸前、行く手を阻むように谷崎大佐が右手を横に出し、本条上等兵を制止した。

「谷崎大佐……」

「この者の話は興味深い。この少年はこの私が預かろう。中国軍管区司令部へ連れて行き取り調べる。私の車に乗せなさい」

「……ですが、この者はこんなビラを町中に配布したんですよ。そのビラのせいで、広島から逃げ出すものまでいるとの情報が、駐屯地に多数寄せられております」

 本条上等兵は谷崎大佐に僕達が作成したビラを渡した。そのビラを読み、谷崎大佐はもう一度僕に視線を向けた。

「このビラも私が預かろう。少年を車へ」

「……はい」

 本条上等兵は不服そうな顔で僕を睨みつけると、僕を捕らえていた軍人に「谷崎大佐の車に乗せろ」と指図した。

 僕は助かったんだ……。

 谷崎大佐なら……
 僕の話を信じてくれるかもしれない。

 安堵感から、僕はその場で気を失った。

 ――気が付くと、広島城内にある中国軍管区司令部だった。初めて目にする司令部の内部に、僕の緊張は高まる。

 谷崎大佐は傷付いた僕を椅子に座らせ、テーブルの上にビラを置いた。

「先ほどは部下が乱暴な振る舞いをし、すまなかったね。君の話を聞かせてくれないか。君の名前は?家はどこだ?どこに所属している?」

「……僕の名前は大崎時正です。それ以上は、谷崎大佐でも言えません」

「私は君に信用されていないようだね。まぁいい。では君にこのビラに書かれていることについて質問しよう。これは誰が考え、誰が書いたものだね?」

「……それは僕が考え、僕が書いたものです。僕1人でやりました」

 谷崎大佐は僕の目の前に、たくさんのビラを並べた。

「実はこんなものが、司令部にもたくさん届いてるんだ。これらは全て5日に多方面で配布されたものだ。とても君1人で配れる量ではない。筆跡も異なる。組織ぐるみの仕業としか思えない。このビラのせいで、一部の市民は県外へと逃避していることも判明している。
 司令部では、米軍が投下したリーフレットを真似た悪質な反戦運動ではないかと、検証していたところだが、あまりにも粗雑で、皆と議論していたところだ。だが米軍ではなかったようだね。まさか、日本の若者が配布していたとは……。
 君にこのビラの信憑性を問う。君は米軍の指示を受けこのようなものを作成したのか?それともただ単にいたずら目的なのか?だとしたら、広島市民を混乱させた罪は免れないぞ」

「谷崎大佐、そこに書いてあることはほんまのことじゃ。僕は未来で見てきたんじゃ。今日“午前7時過ぎ敵機が広島上空に現れる。午前8時15分広島の街は米軍に新型核爆弾を投下”され壊滅状態になるんじゃ。はよう退避せんとみんな死ぬことになるんじゃ」

 谷崎大佐は腕組みをし、僕の話を興味深く聞いていた。