フキゲン・ハートビート



「なあ、蒼依。好きだよ。……好きだ」


ささやきのあと、ふっと腕が緩んでいく。

そのことにほっとするまもなく、大和の顔が目の前にあることに気がついた。


やばい、キスされる……!


「や……っ、だ」


気持ち悪い。息が苦しい。気持ち悪い。気持ち悪い。大嫌い。

あたし、どうしてこんな男を、一瞬でも好きだったんだろう?


「……蒼依」

「帰って」

「本気で、嫌なのかよ?」

「帰って! もういいから帰って……! 顔も見たくないの!」


気づけば全身全霊で抵抗していた。

それでもびくともしない目の前の男のこの力強さが、あのころ、たしかに好きだった。


「……ごめん、でも俺、諦めたくねえわ」


やめてよ。

いまさら、幻のようにひょこっと現れたかと思えば、バカなこと言わないで。


すべるようにドアのむこう側へ逃げた。

こんな泣き顔だけは見られてたまるかと思った。


「きっついよ、ほんと……」


……ああ、それなのにどうして、この期に及んで、涙が出るのだろう。


あんな男、大嫌いなのに。

もうなんとも思っていないのは本当なのに。


どうしてこんなにも苦しいの。

どうして、切ない気持ちになるの。


「あー……」


足に力が入らない。

鼻の奥にあの煙草のにおいが残っていて、気持ち悪い。