けれどなにも言えずにいると、やがて半田くんは右手でハンドルを握りなおし、左手でギアを包みこんだ。
先端がまるくなっている、カッコイイ感じのデザイン。


「あ……ありがとうございました! いろいろ……、ほんとに、ごめん。ありがとう。……ひ、寛人……くん」

「うん。しばらく断酒したほうがいいんじゃね」


めちゃくちゃ勇気をふりしぼって名前で呼んでみたのに、当のヒロトクンはフツウの顔で受け流すんだから、なんだかな。

それに断酒はよけいなお世話だ。
飲み会以外ではほとんど飲まない。


「仲直りできるといいな、ニイナと」


それでも、最後にそっとそう付け足してくれたネコ顔に、心臓をぎゅっとつかまれる感じがした。


「じゃ、おやすみ」

「あ、お、おやすみっ」

「またな」


“またな”

って、いま、たしかに言った。


鳥肌が立った。
チョットそれくらいの感動だった。


もしかしたらなんでもない挨拶だったかもしれない。

流れで口をついて出てしまっただけかもしれない。


でも、何気ないその一言だけで、無性にうれしくなってしまったんだよ。

だって、あたしはどうしたってこの男に嫌われているのだろうと、やっぱりどこかで思ったままだったから。