フキゲン・ハートビート



心地いい揺れのなかにいる。


右側に座っているのは眼鏡にチェンジしたまっくろくろすけだ。

左手をアームレストに置き、右手だけでハンドルを操作する半田くんは、かったるそうな、それでいてとても丁寧な運転をする。


「同い年なのにクルマ持ちかぁ……」


しかも、詳しくないけど、なかなか良さそうな車種。

いったいどうなってんだよ、バンドマン。


稼げるイメージってあまりないのだけど、それは都市伝説だったのか。

まあ、売れている人たちは、また別か。


「これはトシさんに安く譲ってもらった」


信号が青に変わると同時に、景色がゆっくり流れだす。

動きだしたのがわからないほどに緩やかな発進だった。
運転手が優しくアクセルを踏んだ証拠だ。


「ねえ、やっぱり俊明さんと仲いいの?」


居酒屋のドリンクメニューのときになんとなく感じたことを、ぶつけてみる。

けれど半田くんは小さく首をひねっただけだった。


「さあ、べつに、わかんね」

「ふうん……」


窓の外に目を移す。
そうして、これがよく知っている景色だということに、3秒後にやっと気付いた。


「ねえ、ここ、ウチに近いかも」

「え?」

「近所だったんだね、家」

「へえ」

「すごい」


興奮して運転席のほうを見ても、その横顔はさして興味なさそうで。

だから、あたしもそれ以上はなにも言わなかった。


ああ、静かだな。

タイヤがアスファルトをざらざらと撫でる音と、エンジンのうなる音だけ。


半田くんは、バンドマンのくせに、車のなかで音楽もラジオもかけないらしい。