フキゲン・ハートビート




ゲストハウスは一日の貸し切りにしているみたいだった。

いつのまにか、陽はどっぷり地球の裏側へ落ちていて、黒い世界のなか、星の輝きが異様に明るく見える。


ひとり、テラスで星を眺めていた。


すごくいい気分、ロマンチックな気分だ。

きっとこれは飲んでいるワインのせいだけじゃない。


このままあの空も飛べそう、星に触れそう、
そう思った瞬間、盛大なくしゃみが飛びだした。

ぶえっくしょい、だって。

誰もいないからって、色気もクソもない……。



「――風邪引いても看病はしてやらないからな」


ばさりと、なにかあったかいものが体を包む。


驚いた。
寛人くんだ。

体を包みこんでくれているのは、彼のジャケットだ。


それにしても、このタイミングで現れたということは、あのオヤジみたいなくしゃみもたぶん丸聞こえだったね。恥ずかしい。


「ええ? あたしはあんなに献身的に看病してあげたのに?」


言いながら、くしゃみといっしょに出てきた鼻水をズズッとすする。


「頼んでねーし」

「あ、またかわいくないこと言う」


あの日は真っ赤な顔でゼェゼェしながら、アリガトウ、とかわいく言ってくれたのにね。

もしかしたらこの男、つきあう前のほうが、かわいかったんじゃないの。


「ジャケット、ありがとう」

「いいよ」

「寒くない?」

「寒くない」


でも、しゃべり方、変わったと思う。

まあ、9割がた、変わっていないけど。

それでも1割くらいは変わった。

やわらかくなった。

表情も変わった。

しぐさも変わった。

全部、変わった。


それは、寛人くんがあたしを好きだから。

あたしが寛人くんを好きだから。


あたしたちは恋人になったんだって、なんかこんなタイミングで、実感する。