「――寛人」
やがて、いつもより幾分も静かな声が、最後に彼の弟の名前を呼んだのだった。
「オレたちは仲の良い兄弟じゃなかったな」
ずっと遠い記憶を呼び起こすような、遠い目をして、兄は笑う。
「一緒に遊んだ記憶とかまったくねえし、中学上がってからなんてほとんどしゃべんなかったしな。でもオレは、いまおまえと一緒にバンドできて、すげえうれしいんだよ。おまえがいて、毎日すげえ、楽しいよ」
弟はとても居心地が悪そうにしていた。
早く終わんねえかな、さっさと言えよ、という顔、態度、空気。
「なあ、オレさ、おまえのこと生まれたときから知ってるけど、ずっとこの、顔のよく似た弟には敵わねえなって思ってきたよ。おまえは、まじめで、努力のできる人間だろ。オレはそこんとこマジでダメだからなあ。尊敬してる。ダメな兄貴を見限ったりしねえところも、感謝してる。なあ、いつも、ありがとうな」
弟はなにも言わなかった。
言わないんじゃなく、言えないふうに見えた。
戸惑っている。
半田寛人が明らかにうろたえているので、なぜか、あたしが焦った。
「……そういうところが、嫌なんだよ」
それでもどうにか声を出したとき、いっしょに出てきた言葉は、史上最低の返事。
また、焦る。



