フキゲン・ハートビート




夜の闇を矢のようにすり抜け、大きな総合病院まで、メタリックグレーの車は走った。



“産科・婦人科”。


季沙さんがいるらしいそこは、異様な雰囲気があった。

いままで産婦人科になんて近寄ったこともなかったから、いろんな意味でどきどきする。


どこかやわらかいにおいがする。

赤ちゃんの声が聴こえる。


すごくあったかくて幸せな場所だと感じた。

でも、同時に、ここは産まれることのできない、小さな命の灯を消したりもする場所で……。



「――洸介くん!」


すでに暗くなっていた廊下の端に、ぽつんと小柄な女性がいた。みちるさんだ。

目を赤く腫らした彼女は、その華奢な体を自分の両腕で包みこむようにしている。


どうして、泣いているんだろう?


「季沙は?」

「……いまは、会いたくないって」


洸介先輩の低い声と、みちるさんのハスキーな声が、やかましいほどに響きわたる。

夜の病院は静かすぎて、とても、不安になる。


「なんで……」

「ねえ、季沙の生理痛がすごくひどいってこと、洸介くん把握してる?」


神妙な面持ちで、洸介先輩はゆっくりと頷いた。


みちるさんはそれを見ると、少し考えこんでから、


「実は……ただの生理痛じゃなくて、病気だったんだ」


と言った。


普段は完璧なポーカーフェイスの洸介先輩が、明らかに顔色を変えたのがわかった。

洸介先輩だけじゃない。
アキ先輩も、俊明さんも、みんな。


膝の力がふわりと抜けた感じがした。