でも、いままでに一度だって口にしたことのないこの想いを、いまさらどうやって言葉にすればいいのだろう?


最初の一言が、一文字が見つからない。

くちびるが動かない。
喉が震えない。


網の上でキャベツとタマネギが黒くなっていくのを、あたしはただ、なんとも情けない気持ちで見ていた。


「……やっぱ、いいや。ごめん」


ふいに、アキ先輩が眉を下げて笑う。

ふっと緊張が解ける。


糸が切れたみたいだった。

あたしも、このテーブルも、力が抜けて、なんだか軽くなった感じがした。


炭になったキャベツとタマネギを俊明さんがトングでどかす。

かわりに、白いホルモンが網に乗っかる。

その瞬間、火がごうっと燃え上がる。


「オレさぁ、すげえ昔、まだデビューしたてのころかな。みちるさんに『芸能人とはつきあえない』って一回ふられたことあんだけど。蒼依ちゃんもそういうの、けっこう気にするほう?」


熱い空気のむこうで、アキ先輩は言った。

おどけているようだけど、あたしがイエスと答えたらすぐに冷酷な目を向けられそうな、コワイ雰囲気はあった。


「……それは、あの、ぜんぜん。ないです」


これは、その場しのぎでなく、本心だ。


正直、いま言われたような感覚は、まぎれもなく本物の芸能人の方に失礼だけれども、本当にまったくない。

こないだ、寛人くんに対して芸能人がどうとか言ってしまったけど、あんなのももちろん全部まるっと嘘だ。


たとえば、相手が寛人くんじゃなかったら、たしかに多少なりとも身構えていたと思うよ。

芸能人、業界人、一般人、
そういうよくわからない線引きをして、とっくの昔に遠ざけていたと思う。


でも、どうしたってあいつは、あたしのなかでは、“プロのミュージシャン”ではないのだ。