そういえばこいつって、仮にもプロのミュージシャンで、芸能人……なんだっけ。
信じられないや。
こんなに気軽に話せるなら新奈も連れて来ればよかったかな。
でもやっぱりあたしにとっては、
“あまいたまごやきのヒロト”というより、
“中学の同級生の半田くん”って感じ。
「で、なに落としたんだよ?」
ぼけっとその顔を見上げていると、薄いくちびるが気だるそうに動いた。
「あ、定期券……を、」
「は? もう諦めて新しいの買えよ。もうちょっとで終電行くだろ」
「あ……あきらめられるならとっくにそうしてるよ!」
さすがに2万5千円はちょっと痛い。
いや、かなり痛い。
そりゃあ半田くんはミュージシャンとして成功して、もうたくさん稼いでいるのかもしれないけど、こっちはバイト三昧の苦学生なんだからね。
「――おーい寛人、おまえ、ひとりで帰るなよなー」
反射的に、とてもじゃないけどドキッとせずにいられなかった。
きょういちばん多く聴いた、あのキラキラした声が、遠くのほうから飛んできたから。
中学のときに憧れ続けた、この声ってもしかして、
……いや、もしかしなくとも。
「……あれ? 女の子いんじゃん」
穴があったら入りたかった。
もしくはいますぐ全力で穴を掘りたい。
こんなライブ後のへろへろ状態で、しかも定期を落としたなんていうまぬけすぎるシチュエーションで憧れの先輩に会ってしまうなんて、あたしってなんと不運な女なのだろう。
半田くんの陰からひょいっと顔をだしたアキ先輩から逃げるように、思わずうつむいてしまった。



