フキゲン・ハートビート



所属している事務所にはもう報告し終えていると、アキ先輩は言った。

結婚を決めてからの事後報告だったことに俊明さんと洸介先輩はあきれていた。


それから、結婚のことは公表するつもりはないらしい。

誰が知りたいんだよこんなこと、
と、笑いながら言い放ったアキ先輩は、やっぱりスターになる素質を持っていると思ったね。


だって、ファンは結婚なんか知りたくないでしょう。

特にアキ先輩みたいな人だと。
なんとなく、その気持ちはわかってしまう。


ふたりを祝って乾杯をした。

あたしはリンゴジュースで勘弁してもらった。


そこで、輪から少し外れてビールを仰いでいる寛人くんが、さっきから一度も口を開いていないことに気付いてしまった。



「――ねえ」


声をかけようかけっこう迷った。

時間にして、たった3秒程のことだったと思うけど。


おもむろに顔を上げた寛人くんは、なんともいえない表情をしていて、ウッとなる。

きょうも機嫌がよろしくないようだ。


なんとなく隣に腰かけたのはいいけど、なにを話せばいいのかわからなくなってしまった。

この男がイキナリ不機嫌な顔を向けたりするからだ。


「アルコール、ほんとに控えてんだな」


それでも、先に口を開いたのは、あたしの右側に座る不機嫌ヤローのほうで。


「ソッチが控えろって言ったんじゃん」

「バカ正直に聞くやつがいるかよ」


なんだよ。ジョウダンだったのかよ。

ていうか、バカってなんだ。


でも、いいんだもんね。

断酒はあたし自身の意思だもんね。


見せつけるように、ぐびっとリンゴジュースを飲み干した。