「妃名子ちゃん!」




「妃名子っ!」





そこに現れた、2人の影。


目は涙でぼやけ、


正直声だけじゃ誰が来たのか


なんて分かんなくて。





「冷えてる」




「蓮哉さん、どうしたんすか」





肩に大きい上着が被せられて、


少し温もりを感じて、


蓮哉でも、悠太郎でもない


匂いがした。





「妃名子ちゃん、立てる?」




「…はい」





肩をそっと抱かれ、


その人の力で何とか立ち上がる。


少し涙が収まって、


視界に飛び込んできたのは、


変わらず明るい髪をして、


だけど心底心配そうにしている


健斗くんと。


あたしの肩を抱き、


後ろからそっと覗き込む千秋さん。


そして状況を呑み込めていない


朝陽の姿。





「千秋さん…健斗くん、どうして?」




「蓮哉が迎えに来てくれって」





背後から聞こえる千秋さんの一言で、


またあたしの涙腺は崩壊。


何、それ。


あたしを迎えに来てくれって、


どういうことよ。






「とりあえず俺が送ってくよ」




「健斗くんが?」




「ごめんね。今、鳴海、車で寝てるんだ」





そういえばご飯行くって


言ってたっけ。


ていうか、今、鳴海って


呼んだ気がしたけど。


気のせいかな。






「妃名子ちゃん、あの子いいの?」




「あ…」





2人の会話に夢中になって、


朝陽の存在を忘れていたあたし。


何を言っていいか、


どう説明したらいいか。





「休み明け」




「え?」




「学校で説明しろよ」





朝陽は千秋さんと健斗くんに一礼し、


倒れた自転車を起こして


去って行った。


それにしても、何でこんな所に


いたんだろう。






「じゃ、健斗頼んだぞ」




「了解っす。また連絡してください」






健斗くんは助手席にリードしてくれる。


乗り込む寸前。






「妃名子ちゃん」





千秋さんに呼び止められた。





「蓮哉のこと、待ってやってくれないかな」




「待つ…?」




「前も言ったけど、あいつを戻せるのは妃名子ちゃんだけだから」





まだ何か言いたそうだったけど、


千秋さんは車に乗り込むと、


静かにその場を去って行った。


あたしも健斗くんの車に乗ると、


蓮哉の家を去った。


さっきまでずっとあそこにいた、


あの冷たい場所は、


本当はもっと温かくて


幸せな場所だった。