入って来るタイミングが、


すごく悪い。


そう思いながらも、


黙ったままいるわけにはいかず。






「お、お母さん。この人が…」




「あなたが、木嶋さん?」




「はい」





初めまして、と


悠太郎はお母さんに会釈した。


お母さんはあたしの話を聞かずに、


悠太郎に近付くと。





「娘のこと、愛していただいて、ありがとうございました」





入って来たばっかりなのに。


お母さんは目に涙を溜めて。






「だけど、もう…会わないでください」





出てってください。


お母さんは悠太郎に頭を下げ、


床に涙をこぼした。


悠太郎は。






「失礼します」





丁寧にそう言って、


静かに病室を出て行った。


あたしはそれを見て、


違うと思った。


傷付いた。


また悠太郎が、


傷、付いちゃったよ。





「だめだよ…」





だって。だって。


悠太郎だけが責められるのは、


間違ってる。


ごめんね、お母さん。


ごめんね、蓮哉。





「妃名子!」





あたしを呼ぶお母さんを背中に、


あたしは病室を飛び出した。


息が切れるのが分かる。


お腹が少し痛い気がする。


だけどそんなこと、


気にしてられない。






「悠太郎!」





悠太郎を捕まえたのは、


病院から少し離れた場所だった。





「妃名子…」





外に出て、


自分が薄着なことに気付く。


そんなあたしを見て。





「何で出て来たの」





そう言って、


自分のスーツの上着を


着せてくれた。


瞬間、悠太郎の匂いに


包まれて。





「ごめんね。あたし、どうしても赤ちゃんのこと、悠太郎に言えなかった」




「妃名子は悪くない。言えなくて当然だよ」





悠太郎にそう言われて、


どうして産んであげられなかったんだろうって。


そんなことを考えた。





「本当はね、黙って産むつもりだった。絶対幸せにするって。だけど、罰が当たったの」




「罰?」




「奥さんのいるあなたを好きになった。いけないと分かってて、ずっと一緒にいたいって、そう思っちゃった」





あなたがあたしの全てで。


悠太郎があたしだった。


いてほしかった。


いたいと思った。





「そんなあたしがママだから、赤ちゃんは生まれて来なかったのかもしれないね」





赤ちゃんは気付かせてくれた。


いけないことはいけないって。


自分を犠牲にして、


大事なことを教えてくれた。






「違うよ、妃名子」




悠太郎は優しく微笑んで。




「赤ちゃんは、妃名子に会いたかった。抱きしめてほしかったと思う」





そんな言葉を言って、


そっと抱きしめてくれる。





「間違ってたのは俺だよ。妃名子じゃない、俺だ」





いつもそう。


悠太郎っていう人間は、


誰よりも何よりも、


自分を責めるんだ。