「電話するね」
「やめろって」
朝陽は無理矢理あたしの携帯を取り、
電話をかけさせないようにする。
「朝陽、返して」
「返さない。会うな。言うこと聞けよ…」
「いいの、朝陽。返してよ…」
怖いよ。
本当は会いたくないし、
話すこともないし、
関わりたくもない。
だけど、あたしは、
もう平和に生きたい。
蓮哉と一緒に、
鳴海と朝陽と一緒に、
この子と、一緒に。
「吉川!」
「朝陽!もういいから!」
思わず大声で叫んだ。
そんなあたしを見て、
朝陽は少し悲しそうに
顔を歪めた。
「吉川…」
「ごめん、朝陽」
何も言わず傍で見守る鳴海は、
抵抗もせず、ただ見てるだけ。
きっとあたしのしたいように、
させようって。
思ってくれてるんじゃないかって。
「もしもし」
少し声が震えた気がした。
電話の向こうの恵莉香さんは、
さっきより陽気な声で返事をする。
「分かりました。今すぐ行きます」
そう言って電話を切ると、
あたしは鞄を持って廊下に向かった。
「2人とも、また明日ね」
鳴海は泣いていた。
きっと不安だと思う。
あたしのことを、
心配してくれてるんだろうって。
そんなこと分かってるんだけど。
「ごめん…鳴海、朝陽…」
2人の言うことを聞けば、
よかったなんて、
後悔したとしても。
自分の意志を曲げる気はない。
会うしかない。
いけないことをしたのは、あたし。
誰でもない、あたしなんだから。
「…ここか」
指定された場所は、
普通の小さなカフェ。
だけどこんな所が近くに
あるなんて知らなかった。
その時、コール音が鳴って。
手に取った携帯には、
蓮哉の名前が表示されていた。
「もしもし?」
『妃名!お前、今どこにいんだよ!』
なぜか慌てている蓮哉は、
荒々しい息遣いで。
「どうしたの?」
『ばっか、どうしたのじゃねーよ!』
「今から少し恵莉香さんと会わなきゃいけなくて」
『会うな!絶対会うな!今すぐ帰れ』
そう言うと思った。
だから言うのを躊躇ったんだもん。
場所を言ったらきっと、
すぐに飛んでくるはずだから。
「蓮哉、あたしは帰らないよ」
『いいから、言うこと聞けよ!』
「これはあたしの問題。もうね、悠太郎のことで、色々言われたりしたくないんだ」
悠太郎とは終わった。
今、あたしは蓮哉といる。
悠太郎のことで、
もう誰かに何か言われたくない。
邪魔されたくない。
だからあたしは、
恵莉香さんと会う。
『とにかく、中に入るな!外で待ってろ!』
「蓮哉、また後で連絡するから」
後でね、と電話を切る。
すると、すぐに光る携帯。
反射的に電話に出てしまう。
きっと、癖なのかもしれない。



