「首相のカルロは太り過ぎているから駄目。あれでも昔はまあまあハンサムだったんだけれど、あんなに贅肉がついてしまっては、すっかり興醒めだわ。補佐官は太りはしなかったけど、ここ数年で妙に老け顔になってしまったわね。国務長官はもともと顔が嫌い。彼、比較的女性人気は高いみたいだけど、わたくしの好みではないわ。濃過ぎる眉が暑苦しくて目ざわりなのですもの。
 でも、首相のそばに控えている側近に、麗しい人が何人かいるのよ。首相はいつもラフな格好ばかりだけれど、側近の制服は襟がぎゅっと詰まっていてストイックでセクシーなの。とてもよい目の保養よ。人魚は見たことがあって?」

 ルビーは黙って首を横に振った。
 見たことなどあるわけがない。ルビーは陸に連れてこられてすぐに見世物小屋に売られて、そこからほとんど外に出ることなく過ごしてきた。そして、そういった場所には襟の詰まった制服を着た人間など、やってこないからだ。

 いや、もしかしたら一度だけ、見たことがあるのかもしれない。
 最初に南の島で捕まったときに。島じゅうにわらわらいた制服の男たち。そういえば、やたら襟のつまった服だった。あの中に"カルナーナ首相の側近の制服"を着ていた人も混ざっていたのかもしれない。黒い服の大群はルビーには虫みたいだとしか思えなかったし、ましてストイックだのセクシーだのという形容など思いつきもしなかったけれども。

「もちろん彼らはただの目の保養。わたくしは上流階級の人たちとは、いまはなるべく関わらずにいたいのよ。もう一度結婚させられるのはごめんですもの。自由気ままないまの暮らしががいいの。だから、見世物小屋のハリーとアーティは、いまのわたくしにはぴったりなの。絶対結婚を迫ってこない相手ですからね」

 ちなみにハリーと貴婦人が呼んでいるのはナイフ投げのハルのことで、アーティはブランコ乗りのアートのことだ。
 彼らにたくさん名前があるわけではない。この国の人たちはどうやら名前をいろいろと変形させて呼ぶらしいのだ。ハルは正確にはハロルド。アートはアルトゥーロが正しい言い方になるそうだ。