「けど、おいらはもう、あんたにしてあげられることは何もないよ。あんたは自分でどこにでも行けるから、トンボやチョウチョを取って来て見せる必要もないし、話し相手だって、別においらと話さなくたって好きな相手を選べるし。
 それに、おっ、おいら、座長がおいらに水を用意するように言って、あんたを水槽に閉じ込めたときも、何も助けてあげられなかった。ただ見てただけで」

「うん」
 ルビーはゴミの燃える大きな火の方を向いて、ロクサムの隣に、腰を下ろした。
 夏だったから火のそばは恐ろしく熱い。
 ゴミ焼きは煙の臭いが立ち込めるため、休演日にしかできなかったから、全部燃やすのに結構な時間がかかってしまう。
「あのね。ロクサムがそのことを気にしてたのは、あたし知ってる」

 水槽の周りを形相を変えてぐるぐるしていたロクサム。
 水槽の方を見ようとしなかったナイフ投げ。

 でも、彼らの惑いも苦しみも、ルビーを、自分以外のだれかを助けたいと思ってしまったことに端を発していて。
 そんなことを考えてもみなかった人たちだって、まわりには幾らでもいたのに。
 あのときルビーを見ていたのはたくさんの人たちだったから、ロクサムとナイフ投げだけが自分を責めて落ち込んでいることに、ルビーは違和感というか、妙な居心地の悪さを覚えてしまう。

「でも、あたしは──」
 口を開きかけて、ルビーは黙り込む。
 あの日ゾウのエサを運んでいるロクサムを呼び止めたときの、よそよそしいロクサムの態度が納得できなかった。だから、どうしてなのか聞きたかった。
 水槽の中からロクサムを見たとき、本当に、心底彼がルビーを心配してくれているのがわかった。少なくとも、嫌われているわけではないと思った。だからホッとしたし、嬉しかった。
 何をどう言えばいいんだろう。

「ロクサムは、もしあたしが死んじゃってたら、悲しかった?」
 黙々とゴミを火に放り込んでいたロクサムは振り向いた。
「……うん。人魚さんが……人魚が死んでしまったら、おいら悲しい」
「ありがと。多分そうかなあ、と水の中からロクサムを見てて思ってた。そう思ってくれてるんだってわかったから、あたしにはその気持ちだけでよかったの」

「けど、おいら、人魚がまたあんな目に遭っても、きっとおいらじゃ助けてあげられない。おいらじゃ何の役にもたたないよ」