「どっちにしても、秋の巡業にはもう間に合わんだろう。秋から大きな町を順に回って人魚でもうひと儲けできると踏んでたんだが。この際だから、市場に連れて行って売っぱらってもいいが、元値を考えると大した額にはならんだろうからなあ」

 座長の言葉に、そこに居合わせたメンバーは互いに顔を見合わせた。
「もし関節が柔らかければ、練習次第で身体をたたんで小さい箱に入るようになるかもよ」
「ナイフ投げを習わせたら意外と短期間でいけるかもしれんぞ」
 それまで黙っていた他のメンバーたちが口々に言ったが、座長は彼らの言葉を聞いているのかいないのか、ひとり言のようにつぶやいた。

「それともあれだな。市場で人魚を売っぱらって、そのはした金で、ブランコ乗りの相方になれそうな身軽そうで機敏そうな男の子を買ってくるかな」
「だから男はごめんこうむりますってば」
 呆れたという顔で、ブランコ乗りは肩をすくめた。
「連れてこられても、組みませんよ」

 舞姫が、後ろからそっとルビーの腕を引っ張った。
「こっちにおいで、人魚。早いとこ着替えないと、そんなずぶぬれじゃ風邪を引いちまうよ」
「平気よ。ありがと、舞姫」
 ルビーを水中から引き上げたときに、ブランコ乗りもずぶぬれになっている。人間である彼の方が多分寒いだろうと思い、ルビーは振り返った。

 ブランコ乗りもルビーの方を見ていたので、目が合った。と思うと、彼はにこりと笑って軽く手を上げた。
「着替えておいで、人魚。その間に座長とは話をつけておくから」
「あたしは───」
 ルビーはブランコ乗りの方に向き直り、まっすぐ立って、睨みつけるように彼を見上げた。
「空中ブランコ、やってみたい」

 見返すブランコ乗りは、ルビーの予想に反して、なぜか戸惑ったような、どこか途方に暮れたような表情になった。