「では並ではない男を探して夫にすればいい」
「並でない無害な男などいません」
「野心家であっても、健全な野心なら構わんだろう」

 2人のやりとりをルビーとともに横から見ていたブランコ乗りが、「親子喧嘩のようだね」と人ごとのように感想を漏らしたら、「きみは彼女に求婚しないのか」と、彼にも火の粉が飛んできた。
「さすがにそこまで身の程知らずじゃないです」
 驚きつつもブランコ乗りは否定した。
 すると、厳しい顔で一喝された。
「そんな若いうちから身の程をわきまえていてどうするか、覇気がない」

 身の程知らずと罵られたり、身の程をわきまえ過ぎだと叱られたりで、人によって言うことが違う。面倒くさくて大変だと、ルビーは少しブランコ乗りに同情した。

 その日、ルビーは結局アンクレットのことを切り出すタイミングがわからず、聞けないままだった。
 以前のようにルビーがちょっとした自分の力を思いのままに使えるかというと、やはり違う。何かの力が働くとき、働こうとするとき、アンクレットは常に間に立って、その存在を主張してくるのだ。
 そして、今回のように、思いもしなかった事態を巻き起こす。人間を、それもブランコ乗りみたいに強い自分の意思を持っている人間を言葉の力であやつれるほど、本来のルビーの力は強くないはずだった。

 まもなく靴屋が足の採寸に来て、仕立て屋だのインテリアコーディネーターだの絨毯屋だのも続けてやってきた。ルビーは執事とともに別室に連れて行かれて、彼らの対応にかかりきりになってしまい、首相の見送りをすることはできなかった。
 また、午後には予定通り、1人目の家庭教師との顔合わせがあると言われた。

 憲兵の本隊が戻ってくるまでは、ブランコ乗りは屋敷に留まっていたはずだったが、その後は彼とも警察の人たちとも顔を合わせないまま、彼らは知らぬ間に帰ってしまっていた。
 気づけばもう、夕方だった。

 首相が置いていった護衛官だけは、夕方になっても屋敷に残っていた。鋭い眼光の、身のこなしも常人離れして隙のない、30絡みの男だった。