しれっと言われてブランコ乗りはため息をついた。
「そんな洒落にならない命のやりとりを見世物にする気はありませんよ」

 すると、まじめな声で貴婦人は聞き返した。
「空中ブランコを観に行く人たちも、ひょっとして落ちて死ぬところをちょっとぐらいは期待して観に行くのではないの? だから天井が、あの高さになっているのではなくて?」

「一緒にしないでください。危険度が千倍ぐらい違います」
 ブランコ乗りは呆れ顔で言った。
「それに、さっきロビンがあの男を止めてくれていなければ、隙をうかがって、窓を破って逃げるつもりでした。反撃の予定はありませんでした」


 ルビーが間に止めに入ったあと、去り際にあの男がもらした謎の言葉についても、首相は短く見解を述べた。
 下僕(しもべ)にする、というのは魔力を振るうものが恒久的に相手を自らの支配下に置く場合に使う言葉だという。
 ルビーが貴婦人の魔力の支配下に置かれたものとみなされた理由は、ルビーと貴婦人の持つ力が同質のものか、よく似たものであることが原因ではないかということだった。
 少々大胆な仮説だが、貴婦人の祖先に、ルビーの同族のものがいるのではないかというのが、首相の見解だった。

 ルビーは口には出さなかったが、首相の見解が当たっているとすれば、この前のディナーのとき、人魚の長老はブリュー家の血脈を辿って、移身交換の術でルビーに話しかけてきたのかもしれない。


 首相がここに来た目的は、ただ単に、貴婦人の様子を見に来ただけというわけではなかったらしい。ブリュー侯爵の爵位返上と領地上納について、保留にさせてくれという返事を持ってきていて、それについては首相が帰る前、ちょっと言い争いのようなやり取りがあった。

「とにかく早く返上させてもらえませんか」
 そう言い募る貴婦人に、「諸事情によりその願い届けはいまは受けることができんのだ」と首相は答えた。

「それでは覇権の奪還を狙っているらしい公爵の子孫の思惑通りです」
 貴婦人は、そう文句をつけた。
 それに対し首相は、「ああいった不逞の輩につけいられるのが嫌なら、無害な相手を適当に選んでとっとと再婚してしまいなさい」と言い放つ。

「そのへんの男を適当に夫にすると、利害関係からつけ狙うきょうのような相手に新しい夫を殺されかねないから無理です」