ブランコ乗りが振り向いた。微かに驚いた表情の彼の、明るい茶色の瞳の中に、赤毛頭の白い顔が小さく二つ映るのが見える。
 さっきのあの妙な韻律を伴った不思議な声色が再び響きわたる。
「手にしたフォークで目の前の兵士ジョヴァンニの喉を刺せ、アルトゥーロ」
『自分の意思以外で動いては駄目』

「赤毛ちゃん……きみ……」
 ブランコ乗りの唇が、当惑したように動きかけて止まった。

 右足のアンクレットが熱い。これまでにない熱を放出している。びりびりと電流のような痺れが全身を覆い、つかんだ手からブランコ乗りの腕を伝って流れ出していく。

 ブランコ乗りの戸惑った顔の意味を、少し遅れてルビーは悟る。
 ルビーは声を発していなかった。
 にもかかわらず、つかんだ腕を伝わって、ルビーの声がブランコ乗りに届いて、その代わりに男の得体の知れない声を遮断したのだった。

 目の前で少年がサーベルをすらりと抜いた。
 ちゃんとした意識があるのかないのか、野生の獣のような敏捷な身のこなしでテーブルに飛び上がり、振りかぶりざまにまっすぐ斬りつけてくる。
 少年の足元で料理の皿が音を立てて飛び散り、中身を四方に撥ね飛ばしながら、床に落ちて割れる。

 ブランコ乗りは後ろに飛び退って攻撃を躱した。それとともに、彼につかまったままだったルビーを、力任せに反対の方向に突き飛ばす。ルビーはよろめいて、貴婦人の脚元に倒れかかった。
 貴婦人は自分も立ち上がりながら、ルビーを助け起こした。

 身を躱されて少年はつんのめったが、すぐに体勢を立て直し、再びゴムのように跳躍し、獰猛な猟犬の動きでブランコ乗りに斬りかかっていく。ブランコ乗りは今度は少年の足元に滑り込みながら、下から手を伸ばして剣の柄を直接つかみ、少年の動きを封じた。

 あっけなく勝負は決まる。
 ブランコ乗りは、つかんだ剣を少年からねじ切るようにしてもぎ取ると、立ち上がって副長を見る。少年はよろけて、スープの飛び散ったべとべとの床に尻もちをついた。

「こんなことは、やめさせてください」
「下郎が、わたしに命令するな」
 苛立ったように眼鏡男は吐き捨てた。
 彼はゆっくりとテーブルを回り込み、自分の腰にある長剣を抜き放つと、ブランコ乗りに向き直る。
 貴婦人は後ずさりながら無意識にか、ルビーをかばうように自分の後ろに押しやった。