屋敷に残った二人を、貴婦人は朝食に誘った。
「軽い食事と飲み物を用意させますので、ご一緒にいかがですか」
 二人は食堂に通された。
 ルビーとブランコ乗りも食事に同席することになった。

 ルビーはこっそり執事に「使用人がお客さんとの食事に同席するのはおかしくないですか?」と尋ねた。そうしたら、「ロビンさんはジゼルさまのお話し相手というお立場ですからおかしくありません」と返された。
「ただ、その服は会食にはふさわしくないので、違うものに着替えたほうがいいですね」とアドバイスをもらった。服については何がいいのか自分ではわからなかったので、自室のクローゼットに用意されていたものの中から選んでもらってそれに着替えた。
「マナーがよくわからないんですが」と小声で相談したら、「では、難しいものは出さないように料理長に伝えておきましょう」と言われ、にっこりされた。

 その執事の指示かどうか、紅茶とともに出された朝食のメニューは手でちぎってもよい三日月形のソフトなパンと、スプーンとフォークで食べることのできるスープ仕立ての魚と野菜の料理だった。果物は盛り合わせの形ではなく、フォークを使って食べやすいようにカットされ、あらかじめ一人ずつ別の皿に盛り付けられていた。

 ブランコ乗りはさっきまで二度寝を決め込んでいたものの、若い方の憲兵が律儀にも5分おきに様子を見に来るので、あきらめて起き出してきていた。
 若い憲兵は、隊長に言いつけられたことを忠実に守ろうとする、よく言えばまじめな、悪く言えば融通の利かないタイプらしかった。

 貴婦人は、いつものように黒ずくめの服で、テーブルの端っこの席に座っている。さっきまで流れるままに背中で波打っていた豊かな栗色の髪は、今はきちんと結いあげられて黒いベールつきの帽子の中に隠れてしまっている。黒いベールをしっかりと口元まで降ろし、襟元の詰まった黒い服を着て、黒いレースの手袋をして、明るい南向きの食堂の中で、貴婦人はまるで影そのもののようにも見えた。
 貴婦人は朝食はとらない習慣らしく、彼女の目の前には料理の皿は運ばれてこない。給仕係の淹れたお茶を、時折思い出したように、ゆっくりと口に運ぶだけだ。

 テーブルではさっきから副長が会話の主導権を握っていた。