「彼女はどちらかというと物静かな、おとなしい少女でした。でも、内側に静かな情熱を秘めていた。自分ではない外側の世界のことにいつも興味を持っていて、世界中に満ちているいろいろな謎に迫りたいと考えていたようです。自然界のこと、天体のこと、社会のこと、人間の歴史のこと……。さまざまなものごとに対する興味と情熱が彼女をつき動かしていて、ひどいことが──多分口には出せないようなひどいことが彼女の身に起きたにもかかわらず、彼女の心に消えぬ火を灯し続けているようでした。

 人魚は彼女とタイプは違いますが、関心が自分以外に向いているところは似ているように思います。女の子っぽくないっていうのかな。
 大抵の女の子って着飾ったりおしゃれしたりに夢中で、そういう自分を誉めてもらったり認めてもらえると、単純に喜ぶじゃないですか。人魚は髪はいつもぐしゃぐしゃだし、身なりは一切選り好みをしないし、アクセサリーにも興味がないし、ぼくが誉めても反応がないどころかどうやら反感を持たれているようで……そのくせ空中ブランコを習うという話に突然飛びついてきたりで……なんていうのか、驚かされます」

***

 夢うつつで途切れ途切れに二人の会話の断片を拾っていたルビーの記憶は、そのあたりでふっつりと途絶えている。
 貴婦人が笑いを含んだ声で、ブランコ乗りに何か言っていたような気がするが、最後のあたりはほとんど覚えていない。
 睡魔の波は今度こそ大きくルビーを巻き込んでとらえ、どこか遠くの夢の海にさらっていったのだった。

 夢の中でルビーは、舞台の大天井(おおてんじょう)をびゅんびゅん飛び回るブランコ乗りの姿を眺めていた。と思ったら、その白い影が不意に隣の壁を突き抜けて、ルビーの部屋の中にまでやってきた。

 窓からちょうど月明かりが差し込んで、ブランコ乗りがやってきたのと反対の壁に、何かで切り取ったかのような四角い空洞ができているのが見えた。空洞の向こうはどうやら階段になっているらしかった。
 ブランコ乗りはちいさな火のともった燭台を片手に、いままさに壁の階段を下ってどこかに降りていこうとしているところらしかった。
 不思議そうにそれを見ているルビーに、ブランコ乗りが、振り返って言った。

「これは夢だよ、赤毛ちゃん。眠って起きたらこの夢のことは忘れるんだ。いいね。夏の夜は短い。ぐっすりおやすみ」