「あなたが悪いのよ、アーティ。あなたが変なことを言うから」
「申し訳ありません」
「言うことはそれだけ?」
「お許しください、奥さま。先ほどは、愚かなことを申しました」
 アートは彼女を腕に抱きしめたまま、静かに謝罪した。
「父親の死に対して娘の胸が痛まないわけなどないというのは、愚か者の勝手な空想です」

 ジゼルは細い肩を震わせ、アートの腕から身をもぎ放そうとした。彼が腕を離さずにいたら、固めたこぶしで強く胸を叩かれた。何度も繰り返し、怒りにまかせて。
 構わず彼は彼女をさらに引き寄せ、抱きすくめた。
 やがて彼女は彼の腕の中で、静かに嗚咽を漏らし始めた。

***

 さっきまでうとうとしながら二人の会話を聞いていたルビーだったが、貴婦人がただならぬ口調でアートに食ってかかったあたりから、だんだん意識がはっきりしてきた。
 そして、隣の部屋から貴婦人のすすり泣きが聞こえてきたころには、ルビーの目はすっかり覚めてしまったのだった。

 どうしよう?
 起き上がって隣の部屋に顔を出して、目を覚ましてしまったことを告げるべきだろうか?
 でも、きっと、とても気まずい。
 とてもとても気まずい。

 ルビーは迷って、起き上がる代わりにもう一度寝てしまうことにした。
 ところが、続いて始まった貴婦人の話は、直接ルビーにも関わってくることだったので、そのあとルビーはますます眠れなくなるという悪循環に陥ることになるのだった。