「以前の使用人の中にも、父の息のかかった者たちが、どれだけ多く紛れ込んでいたことか」

「以前はお父上に見張られてでもいたのですか?」
 アートの問いかけに、答えはなかった。彼は少しだけ待ったが、結局質問はそのままにしておいて会話を続ける。
「現在は信頼のおける少数精鋭の警備というわけですね。それにしても人数が少なすぎる。逆に、内部の事情を知らない賊の類に目をつけられるんじゃないかと心配になります」

「そうかもしれないわね。それでも、いまの気心の知れた人達ばかりの中に、新しい使用人を入れるのは億劫なの」
「人魚を招き入れたばかりの人の言葉とも思えませんが」
「だってあの子、とても可愛いのですもの」
 ジゼルは含み笑いをした。今度の微笑みには翳りはなく、どこか楽しそうだ。
 アートはあきれ顔で、肩を竦めた。

「理由はそこですか。いっそ警備のものたちも、綺麗どころで揃えてみてはいかがですか? オーディションでも開催されて」
「なら、アーティ、あなたが警備兵として雇われてくれる?」
「とても魅力的なお誘いですが、ぼくは無力な一般庶民ですから、警備兵は務まらないと思います」
 そこで彼は、ふと思いついたというように、ナイフ投げの話題を振った。 
「そうだ、ハルなんかどうです? ナイフの技は実戦向きではないでしょうか」

 ジゼルは微笑んだ。心の内を見せない、いつものアルカイックな微笑だ。
「わたくしにとっては悪くない話だけれど、ハリーを手に入れるためには見世物小屋からお金で買い取るしかないわ。それってきっと、彼のプライドを傷つけてしまう。それに一度警備兵として雇ってしまったら、ベッドに誘っても絶対拒まれそう。職務のうちではありません、とか何とか言って」

 ジゼルの言葉に、アートはくすりと笑う。堅物のハルの頑なな態度は容易に想像できた。むしろあの男が、目の前の淫蕩な女性と気が合っているらしい事実の方が不思議に思える。
 だが、アートにはわからない何かの理由があるのだろう、とも思う。男と女のことは、多分傍から見るほど単純ではないのだ。

「プライドの高い男というのは面倒だな。昼間はあなたを護衛して、夜はあなたをこの腕に抱く。ぼくだったら最高の生活だと思うところですけれどね」
「相変わらず調子がいいのね、アーティ」