「あたし、カルナーナの首相が乗っていた船の、水夫に捕まったの。あたしの尻尾の傷は、そのとき水夫がボートの上から投げてきた銛が当たったものなの。”海の獲物は、海で身体を張って捕えた者の取り分だ”というルールがあるそうよ。首相がいうにはそれは、海洋国家カルナーナに古くからある”海の掟”だって」
「それを首相がきみに? そういういきさつがあったのなら、カルロ首相はきみの顔を覚えているかもしれないね」

 ブランコ乗りの言葉に、ルビーは首を振った。
「人買いにあたしを売った水夫から、あとでそう説明されたの。アララークの元首にあたしを引き渡すのを、首相がそういって拒否してたって。国民の権利を第一に考えてくれるいい統治者だっていって、あの水夫はベタ誉めしてた。けど、勝手な言い分だとあたしは思ったわ。だってあたしはあたしのもので、本当はほかのだれのものでもないはずよ」
 ルビーの言葉を聞いていたブランコ乗りは、呆れたといいたげな顔になる。
「ほんとうにそう思うなら、この前、逃げ出していればよかったのに」
「それはまた別の話よ。あたしは見世物小屋にいたかったし……結局売り払われちゃったけど」
 そこでルビーはふと思いついて、ブランコ乗りを見た。

「ねえ、ブランコ乗り。一つお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「明日は興行の日だから、見世物小屋に行くのよね? 行って、ロクサムに伝えてもらえないかしら。あたしは無事でいるから心配いらないっていうことと、近いうちに見世物小屋に通っていけそうだからって」
「ロクサムって、こぶ男のことだよね」
 ブランコ乗りは、そう確認した。
「別にいいけど、あすはぼくも休むよ」
「どうして?」
「今夜、奥さまのところに泊めてもらうつもりだから。寝不足で舞台には立てない」
 さらりと笑顔でそう返されて、ルビーは鼻白んだ。

「ぼくからも一つお願いがあるんだけど」
「な……なあに?」
「ぼくのことはブランコ乗りではなく、できればアートと呼んでくれ。ぼくもきみをロビンと呼ぶから」
「……わかった」
 もっともな要求だと思ったので、ルビーは頷いた。

「こぶ男に伝えるのは、あさってでいい?」
 聞き返されて、ルビーはもう一度頷く
「きみの方は、いつから来られるの?」