人魚の髪の色は千差万別だった。金色や銀色などの明るい色の髪の人魚もいれば、海藻のような暗い色のものもいる。
 皮膚の色もさまざまだ。ルビーと似たような白い肌の人魚もいるけれども、金色っぽい肌や、ごく淡いオリーブグリーンの肌の色の仲間もいる。
 尻尾の色はもっと色とりどりで華やかだ。人魚の尻尾は一見優美だが、水を泳ぐときは、鞭のように力強くしなる。
 優美で力強い尻尾を使って、ほの暗い水の底を軽やかに泳ぐ仲間の姿を、ルビーは夢想した。

 突然のノックの音に、ルビーの夢想は中断された。
 失礼します、の声とともに執事は部屋の中を通り抜け、テラスまでやってきた。

「どうかしら? 人魚はなかなかよい声だと思わないこと?」
 手すりにもたれてルビーを見ていた貴婦人は、執事を振り返って、満足そうに言った。
「人魚のために、家庭教師を手配してくれる? 身だしなみと礼儀作法を教えてくれる人と、読み書き計算を教えてくれる人。それに声楽の先生も」
「承知いたしました、奥さま」

 こんなことはばかげていると、年老いた執事が異を唱えるのではないかとルビーは考えたが、彼は澄ました顔のままで、恭しくお辞儀をしただけだった。

「でも、この歌はわたくしの知らない歌。綺麗な声だけど、それに綺麗な歌だけれど、言葉も変だし意味がよくわからない。人魚、あなたはこの国で歌われている歌を覚えなければいけなくてよ」
 貴婦人が話しかけてきたので、ルビーは歌うのをやめて、貴婦人の言葉に耳を傾けた。

「いいことを思いついたわ。今から150日の時間をあげるから、その間に人魚は1000の歌を覚えなさい。流行りの歌でも昔から歌われている歌でもどちらでもいいし、小さな子どもに歌って聞かせる子守唄のようなものでもかまわない。そしてわたくしに歌って聴かせて。声楽の先生には、できれば毎日来てもらいましょうね。先生から教わってもいいし、ほかのだれにどこで教えてもらってもいいわ。150日の間に歌を覚えたら、褒賞として、あなたに自由を与えましょう。その代わり、150日間で1000曲が果たせなかったら、そのとき人魚はわたくしのものになるの。どうかしら?」

 どうかしらと聞かれても……。
 ルビーは戸惑って貴婦人を見た。貴婦人がそうすると宣言しているのに、ルビーに選択の余地はあるんだろうか?