碧い人魚の海

 そのあと、貴婦人の話は首相から、首相の周囲にいる要人たちの話に、さらに側近らの制服の話に移っていき、ほどなく”ハリー”と”アーティ”の話へ飛んだというわけだった。
 それらを聞きながらルビーの困惑は、次第に深いものになっていくのだった。


「ハルの過去については謎なの。これは噂ですけれどもね、10年前、市場で彼を見かけた見世物小屋の座長さんに、彼は自分から得意技を売り込んだらしいわ。つまりそのとき既に、ナイフ投げの達人であったというわけ。それよりも昔のことはだれも知らないのよ。わたくしも、さりげなく聞き出そうとして、はぐらかされたわ。どこかの傭兵部隊にでもいたのかしら。それともだれか身分の高い人のボディガードでもやっていたのかしらね。彼、脇腹に、抉れたような、ひどい傷あとがあるのよ。昔、何があったのかしらね」

 そんなことを問われても、ルビーにわかるはずもない。
「ハルはカルナーナの出身ではないと思うの。普段は口数の少ない人だけれど、しゃべると微かに異国訛りがあるでしょう」
 そこで貴婦人は、考え込むように少し首をかしげた。
「そういえば人魚、あなたもそうだわね。あなたがの話す言葉は、どこか遠い国を吹く風の香りがする」
 異国訛りといわれても、自分ではよくわからなかった。黙って見返すルビーに、貴婦人は頷いた。
 微笑んだ貴婦人は、今度はブランコ乗りの話を始めた。

「アーティに出会ったのは、いまから5年ぐらい前のこと。わたくしが最初に見世物小屋に足を運んだのが、5年前のその日だった。その頃わたくしはまだ未婚で、あの日はある男性の友人に誘われて、生まれて初めて見世物小屋に出かけたの。同じ日にハリーも出演していたのかもしれないけれども、そちらはよく覚えていない。だって、その日初めて見たブランコの空中技の中で、アーティのパートナーが間違って落下するところを目撃してしまったのですもの」

 それまで黙って聞いていたルビーは、ぎょっとして顔を上げた。