着替えを済ませて自室を出ると、廊下で涼君とおじいちゃんが待ってくれていた。
「遅いぞ! もう六時を回ったじゃないか!」
「ごめん」
 おじいちゃんの口調は、いつもと変わらないように思えた。
 決まり悪そうな様子でもないし、イライラしている様子でもない。
「気にしないでね」
 涼君は、笑顔で言ってくれた。
 涼君もおじいちゃんも、キーホルダーのことや過去のことなどに一切触れる様子はない。

「さくら、色々すまんことをしたと思ってる」
 おじいちゃんが突然言う。
「でもな、今は話せんのじゃ。今日はせっかくの花火大会じゃし、一時休戦ってことで頼むよ」
「うん、分かった。せっかくだから、思いっきり楽しもうね。私のほうこそ、さっきはきつい口調で言ってごめんね」
「おう」
 おじいちゃんは短く答えると、さっと背を向けた。
 やっぱり元気はないみたいだ。
 それは私も一緒だけど。
 涼君は何やらまた考え込んでいる様子だ。

 こうして、どことなく気まずい空気のままだったけど、私たちは花火がよく見える穴場スポットへと向かった。



 毎年来てる穴場スポットに到着した私たちだったけど、おじいちゃんと私はちょっと驚いた。
 人が少ないのに花火がきれいに見える……だからこその「穴場」なのに、今年は五人ほどの若い人々が、私たちより先にそこにいたからだ。
 去年は私たちのほかに二人だけだったし、僅かずつながら、年々増えているってことか……。
 今はネットがあるもんね。
 穴場スポットだって、どんどん口コミで広まっちゃうか……。 
 それでも花火はしっかりと見られそうだし、ほとんど影響はなさそうだった。

 交通が混雑してたため、到着が遅くなり、花火大会の開始までもう数分といったところだ。
 あたりはすでに真っ暗になっていて、木陰からは虫の声が聞こえている。
 その時、いわゆる「試し打ち」みたいなものだろう、小さくて単発だったものの、花火が一つ、夜空へと打ちあがった。
 周りから歓声があがる。
 私たちも思わず声が出た。
 やはり、花火はいいなぁ、夏の風物詩って感じ。



 しばらくすると、少しずつ花火の打ちあがるペースが早まり、本格的に開始したようだった。
 色とりどりの花火が、夜空を照らしては消えていった。
「うおお! さくらも涼君も見たか、今、ハート型のがあったぞ!」
「見てるってば! ほら、空見てないと見逃しちゃうよ」
 おじいちゃんも私も、さっきまでの諍(いさか)いがなかったかのように、普段の調子ではしゃいでしまっていた。
 涼君も「綺麗だなぁ」と笑顔で言う。
 楽しんでいるようだ。

 その後、ラッシュのごとく、大きな花火が連発した。
 漆黒の夜空を染め上げては消える花火たち。
 私たちも、周囲の人々も、みんな笑顔でそれを楽しんでいた。



 やがて、花火の打ちあがるペースが落ちて、静かになった。
 時間的にはまだ三分の一ぐらいしか過ぎてないから、きっと小休止ということだろう。
 そのとき、おじいちゃんがぽつりと一言つぶやいた。