「お酒はさ、男と女の関係を急速に進展させるよねえ・・・。」

 ため息をつきながら、美穂が言った。

 今日は日曜日。美穂とランチに来ている。

 美穂には、仙台出張での出来事を包み隠さず話してしまった。

 さすがに、社内の茉莉や千春にはとても話せない。

「でもまさか、二人がそんなことになっちゃうなんてね・・・。

 ほんと、驚き。

 愛美の話を聞いてる限り、真面目そうな人だと思ってたから、まさかそんな・・・ねえ。」

「課長は、真面目な人だよ!

 だけど・・・。

 あー、なんかもう、わかんない!」

 課長からキスをされて、素直に嬉しかった。

 ドキドキした。

 だけど、時間が経つにつれて、嬉しい、だけじゃなくなった。

 課長は、私のこと、どう思ってるんだろう。

 私のことが、好き・・・?

 単に、お酒に酔ってしてしまっただけ?

 寂しかったから?

 課長にキスされて、嬉しかった。

 嬉しかったけど、今は、なんだか寂しい。

 キスのあと、課長とは顔を合わせずにひとりで新幹線に乗って、帰ってきてしまった。

 どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。

 昨日はごめんな、酔っていたから、忘れてな、なんて笑顔で言われるのも怖かった。

 ・・・完全に被害妄想かな。

「・・・課長も、男の人なんだな、って思い知っちゃった・・・。」

「ちょ、ちょっと、なによそのエロい発言!」

 昼間からワインを飲んでいた美穂がむせた。

「・・・私、課長に対しては、どんなに迫っても、絶対に手を出されない気がなんとなくしてたのかも。

でも、違ったのかな。

 なんか・・・自分でも覚悟がつかないまま、無責任に扉を開けちゃったような気分。」

「でも、好きなんでしょ?その上司のこと。」

「うん・・・。

 好き・・・。

 好きだけど・・・。」

 戸惑っていた。

 私が好きだった課長と、私にキスした課長が、なんだか別人のように思えてきて。

「窪田さんって人は、どうするの?」

 そう、もうひとつ気になっていたのは、窪田さんのことだった。

 窪田さんに、なんて言えばいいんだろう。

 窪田さんのことが、気になり始めていた・・・その矢先に、課長とこんなふうになった。

「窪田さんには、付き合えないって言う。」

「そうだよねえ・・・。

 その上司と、こうなっちゃった以上、そう言うしかないよね。

 でも、本当にいいの?

 気になり始めてたんでしょ?その人のこと。

 ・・・個人的な意見を言わせてもらえば、その人は独身なんでしょ?

 その上司と付き合うよりも、健全なお付き合い、できそうだけどなあ。」

 美穂が現実的な意見を述べる。

 美穂の言うとおりだ。

 離婚しそうだと課長は言っているけれど、課長は妻帯者だ。

 年齢だって、窪田さんよりも随分上。

 私だって、子どもじゃない。

 頭の中で、色んなことを計算する。

「美穂の言うとおりだと思う。

 だけど、都合良く窪田さんをキープなんて、出来そうにないもん。

 素直に、話すよ。

 ・・・課長に、迷惑がかからないように。

 窪田さんなら、分かってくれる気がする。」

「そっか・・・。」

 美穂が口ごもる。

「愛美の思ったとおりにするのがいいと思うけど・・・。

 愛美、自分が、幸せになる選択をしなくちゃ駄目だよ?

 ドキドキとか、この人がほしいとか、そういう気持ち、わかるけど、どの人といるのが、

 自分にとって本当に幸せかって、ちゃんと考えるんだよ?」

 美穂の表情に陰りが見えた。

「・・・不倫で不幸になりつつある女からの助言。」

 美穂が自嘲気味に笑った。

「自分は大丈夫だって、思ってたんだけどね・・・。

 ほんと、一生開けずに済むなら、開けないほうがいい扉っていうのは、あるもんだよね。」

 美穂の話を詳しく聞きたかったけれど、興味本位に聞く気にはなれなかった。

「・・・美穂、つらいんだね、今。」

「まあね・・・。」

「楽になるなら、話してよ。

 今の私、他人事とは思えないし。」

 美穂は、かすかに微笑んだ。

「また次に会ったときに聞いてもらうわ!

私も、色々頑張るわ。

幸せになりたいもんね。」