この、小さな体のどこに…そんな力があるのか。

お婆さんのもがく力で…彼女の、強い想いを痛感する。

「あの…、息子さんは…?」

申し訳ない、と思いつつ。私は後ろから羽交い締めにするようにして、彼女を…制止し続ける。

火事場の馬鹿力という言葉の意、そのままに…。

腕や、体を殴りつけてくる痛みもまた、相当なものだった。


「私の…夫のことです。もう、大分前に亡くなっていますので…。」

中年女性が、困り果てた様子で…肩をさげる。

「………。そうでしたか…。」

「私だって、できるのなら…彼の位牌を取りに戻りたいです。」


「……………。」

下唇をかんで、目に涙を…浮かばせて。

それでも、気丈に答える彼女の言葉に…嘘はないって。

直感で…そう感じとった。


「消防への通報は…?」

「仕事から帰宅してすぐに、火に気づいたので…、私が。つい…、先程の話です。」

「……そうですか。心中お察しします、貴方も…お辛いでしょう。」


女性の瞳にたまった涙の粒は。いよいよ…ポトリとこぼれ落ち。

次から次へと堰をきったかのように…溢れ流れる。




一体……どうなっているのだろう。


ここに……、苦しんでいる人がいるっていうのに。

何故誰も…気づかないのだろう。

野次馬たちは、こちらをチラチラと見ながらも…

携帯を片手に、写真を撮る者が…多数。

他人事であるかのように、電話で実況中継している者も…いる。

おまけに、この家族を知る者が…必ずいる筈なのに。

声を掛けてくることも、支えようとしてくれる姿勢すらも…皆無。


「申し訳ありません!どなたか手を…貸して下さい!」

おばあちゃんを抑え続けるにも…この、腕では…限度だってある。

周囲に助けを求めて…叫ぶけれど。

『何だあ?』って顔つきで、見られるだけ。

現代社会における、人間関係の希薄さが…浮き彫りになる。

ケータイを持つその手を。
「……少しくらい……、休めろよ!」


………と、その時であった。

お婆ちゃんの身体に巻き付けていた、その左腕に…、突如、大きな痛みが走る。

急な出来事に、怯んだ身体を…突き飛ばされて。

バランスを失った…私は、後ろへとバランスを…崩した。


その、次の瞬間。


ガシャリ!と……大きな音と。

腰に鈍い痛みが走るのとが…ほぼ、同時。




気づけば…、固い何かを背中の下敷きにし、アスファルトに尻餅をついている自分が…いた。