「お疲れさん。さすが、柏木が見込んだだけの根性が座ってるな」

パトカーから降りた藤橋主任が、開口一番、労いの言葉をかけてくれた。

何のこれしき、と…言いたかったけれど。
肩が大きく上下し、おまけにタイミング悪く咳き込んでしまっては…格好はつかない。

首を縦に振って、繰り返しお褒めの言葉を…胸に刻んだ。

しかし…、この公衆電話ボックスは、鑑識捜査でガラス戸や電話の指紋は採取している。
髪の毛等の遺留品も、取り零しなく集めた。

再三、性懲りもなく。

それらは…照合の結果前科ある人間のものではなく
不特定多数の重なりあった指紋にも、拭き取った形跡は…ない。

「………」

もう一度、調べるべきなのか?

答えるならば…NOだ。
新たな証拠など、ここから出ようもないのだから。

では、柏木はここに一体、何をしに……?

チラリ、とパトカーへと視線を移す。
運転席に乗ったまま、柏木は自身の腕時計を見つめながら…何かを考え込んでいるようだった。

ヒーターで暖まった車内で1人ぬくぬくしているとは…
何とけしからんことだ!

運転席の窓をドンドンと叩いて、出てこい、と催促する。

いよいよ観念したのか、ヤツはちょっぴり怠そうに…
ジャケットの襟を立てて防寒した後にやっと車から降り立った。


北風、ピュー…

「……さっっみい~!アンタよくこの中走ったな」

その口!まだ言うのか。

「いやいや、そもそも柏木…係長が言ったんじゃないですか」

「俺は乗ってみる?って聞いただけだけど」

「……た、確かに?」

売り言葉に買い言葉。
繰り返されるバトルでついつい、対抗意識を持ってしまった私のケツの青さを呪いたい。

「で。クールダウンは出来たか?」

「………!」

「署内でなーにしてんだか」

「ちょ、それは…!」

言い返そうと思った。
けれどすぐ傍には…藤橋主任。

ぐっと次の言葉を飲み込んで、柏木の顔を睨み付ける。

ヤキモチなど妬いて意地悪するような…そんな気配は、感じられない。

ただ、ふっと小さく笑う余裕すらも…ある。

そうか…、この顔。
『解ってるよ、アホ』って、私を子供扱いするときの柏木だ。

もう…、きっと疑うような時期は過ぎて。
…もしや、信用してくれている?


柏木は、キョロキョロと景色を見渡す藤橋主任の元へ向かうと…

2・3喋って、それから…崖っぷちギリギリと思われるその場所まで歩みを進めた。