あくまでも、事件が解決出来たらだけどって…柏木は最後にそう付け足して、

キッチリと、この甘い妄想に…幕を引いた。



「今は、まだ…こうやって同じ目的に向かって、一緒にどうこう出来ればいい。」


「……うん。」

その瞳は、もう目の前の…現実を見据えている。


さっきまでの、温かさに包まれた声色も…私だけを見ていた、優しい瞳も、

もう、何処にもない。




「けれど、アンタがそれに応えてくれるって…俺は信じてる。」


「…………。」


「…馬鹿みたいに、信じてるんだ。…違う?」


「違わない。…多分。」


「……頼りねえなあ、相棒。」


柏木の大きな手が…

私の頭の上へと降ってくる。



信頼という感情を、そこに込めて。
力強く、けれど…痛くもない重みを残して。


約束を…残して。



私たちはまた、日常に戻っていく。


仕事上での私たちの立場は…、同僚、同期、仲間でもあり、ライバルでもあり……。

けれどそれよりもずっと、深いところで結ばれるって思えるように。


アンタから、初めて私に言ったんだ。


『相棒』――…。



「反町のような素晴らしい肉体ではありませんので、おあいにく 。」


くすぐったいね、柏木。
隣に並んで立つだけで、こんなにドキドキするだなんて…、少し前の私たちからは、想像も出来なかったね。

けれど…、今は誰よりも。
ずっとそんな立場でいたいんだって、思えるんだ。

この関係を、この空間を…守りたいって、思うんだ。


胸を張って、あくまでも…対等に。




「それで…、鮎川。仕事が随分早かったようだけど…、どう?率直な意見を聞きたい。」

そう、ここは…職場。
己の理性を、保つべき場所だ。


急に話題を変えて、何もなかったようにするのは…、以前、私たち二人が犯した過ちを…忘れてはいないから、だろう。



「……ああ、アレね。正直言うと、ドロッドロの昼ドラを観ている気分だった。ロマンチックの欠片もないと言いますか…。」


「へえ、それは残念だったな。けど、今時はそーいうドラマが主婦ウケしてんじゃん。案外ハマったり?」


「そうそう、ゼウスっていう神様がこれまた色々な女神と禁断の情事を……って、何を言わせるの。」



それは、決して主婦の世間話ではない。
れっきとした、調査報告だ。


「禁断の情事…、ね。あ、ちょっと身に覚えあんじゃない?アンタも。」

「……え?」


「俺だけか?覚えてるの」


「…………。」





禁断の…情事。

勤務中。男子禁制の、宿直室。

秘密の…共有。


「……柏木さん、質問の意味がわかりません」


「あっそ。」


そう…、今はあくまでも…、仕事中です。
柏木の意地悪な誘導尋問に、引っ掛かったりなど…しません。


「……それより、7月7日生まれの柏木さん。七夕と言いますと、大変切ないラブストーリーが有名ではありますが…。二人の間を阻む、『天の川』。その名前の由来をご存じで?」


「………。」

「……ご存じで?」


「あ。言ってもいいの?今日の鮎川、ちょっと大胆じゃね?天の川…『milkyway』は、乳(チチ)が…」


「ごめんなさい、もう結構です。」


さっきから、朝イチだと言うのに…、なんというトークを繰り広げているだろう。


それもこれも、昨日読んだ本…。
『星にまつわる神話』のせいかもしれない。


そもそもなぜ私が、その本を読んだのか。それは…、柏木が手渡して来たメモと、耳元で囁いたお願いごとが理由だった。


柏木らが追っていた人物。
市の図書館を訪れていた、その男が…借りて行った本だから。


2冊借りた本のうち、1冊は…、重版された物を、本屋にて手に入れることができた。

それには……、夜空を彩る星や、正座の名称や特徴と共に、分かりやすく写真とイラストが載せられていた。
それから、様々な国における言い伝えや神話も……。

中でも、ギリシャ神話における、全知全能の神『ゼウス』にまつわることは多くあった。


正直に言おう、全知全能の神、ゼウスはきってのプレイボーイでもあると。


それはそれは……、沢山の神様と、そして人間とが登場する話で…それぞれの関係性に及ぶと、混乱を招くほどであった。

物語として読む分には、端的で簡潔であることから、余り支障もきたすことなく理解しながら読み進めることは出来るのだけれど……、星の名称になってくると、見慣れぬ記号に、表記される想像もつかない単位に。全くもって…太刀打ち出来ない分野でもあった。

それでも、次第に重くなってくる瞼をこじ開けて…。一字一句、見逃すことなく読んだ筈だった。