鮎川はニヤリと笑って。
僅かな希望の灯を…瞳の奥に、灯らせる。

「柏木さん。私のスマフォが壊れていないか、今確認するので…貴方のも出して頂けますか。今、メールを送ります。」

「は…?メール?」

ヤツはそう言い放つや否や、自身の膝元で…ゆっくり、メールを打ち始める。

細い人差し指が、たどたどしく画面をなぞっていくのに…大分時間を要して。

俺は、密かに……

ポケットに入れた俺の携帯が、震えるその瞬間を…

心待ちにしていた。



微弱な震動が、その時を…知らせる。


「……メール、そろそろ行きました?」

「…………。」


ポケットから取り出したそれを…操作して、メール画面を確認する。

ズラリと縦に並んだ差し出し人の名前。その、一番上に…、ヤツの名前が刻まれていた。


「…………?」

件名に、『嘘ついてごめん』と…謝罪の言葉。

メールを…開く。





『今日は食堂に来ないの?』


「………?なに、コレ。」

俺の疑問に答えるまもなく、ヤツは再び下を向いた。



やがて…俺の手の中で、再び震動が起こる。

2つ並んだ…ヤツの名前。


封筒が開かれたアイコンと、まだ閉じられた…アイコン。
すぐさま、未開封のそれを…タップすると、先程と同様の件名。けれど本文には……

意外な言葉が、記されていた。


『今のは、さっきアンタに送りそびれたメールです』


「………『さっき?』」

今度は…コクリとひとつ頷いて、俺の疑問に…応える。


「八田じゃないですよ。今日彼から、メールなんて…来ていません。来るわけ…ないじゃないですか。」



俺がこの場所へと訪れた時。
こちらに背を向けて、テーブルの下で、コソコソとメールを打つ鮎川の姿が…あった。

「……………。」

そのメールの送信相手。

それは…、アイツではなくて。



「柏木さん、返事は?」

「……。……いや、会えたんだし、別に…」

「待ってますから、ね。」

スマフォを左右にひらつかせて、早くメールを返せと…催促しているようだけれど。

悪戯に笑うヤツの思惑に…アッサリとハマるにも、それはそれで…癪に障る。


多分、そういった駆け引きは、俺の方が…1枚も2枚も上を行くだろう。


俺は…徐に、自分のスマフォを弄って。

その間、何度か鮎川の様子を…確認する。


「……………?」

一方のヤツは…、俺の手元をじっと見つめて。
その視線を、逸らすことはない。


「送信」の文字をタップする、その瞬間まで…それに、変化はなかった。

鮎川の手元で、バイブ音が…響く。

なのに…、だ。


それを確認しようともせず、ヤツはコトリとテーブルの上に…スマフォを置いてしまった。



「………親指。」

「………は?」


「柏木さんは、親指でメールを打つんですね。」

「………。……はあ?」

「私のスマフォは大きいから、左手で持ってやらないと、指が届かないんです。」

「……。指が短いって言いたいのか。」

「ちっがーう!!」

「……?じゃあ、ナニ。」


「人にもよるでしょうけれど、スマフォを操作する際に、使用頻度が高いのは…親指か人差し指だと思うんだですよ。」

「……まあ、そうだな。」

「今の季節、外でメールを打とうにも、煩わしい思いをしたことはありませんか?」

「…………。」

「私はそんなに使わないし、面倒だとも思ったこともないから…大して気にならなかったんですけれど、しょっちゅう使う人なら、よく分かるんだと…思います。寒がりの…柏木さん。柏木さんは、外に出る時…手に何かつけませんか?」

「……手袋…?」

「……そう。けれど、手袋をしたままでは、スマフォの操作はままならない。わざわざ外して操作したことが…あるでしょう?」

「………。」

「でも、今はもう…そんなことをしなくても、操作が出来る。操作可能な手袋は販売しているし、自分の手持ちの物でも、ある液体を付けることで…それらが、可能になります。ねえ、柏木さん。もしアナタが…火事現場に偶然遭遇して、野次馬としてその様子を画像におさめようとする。その場合、真っ先に持ち出す物は…?」

「………。予告状と一緒に送られて来た写真は、スマートフォンで撮影された可能性がある、と?」

「……まあ、わざわざカメラで撮る人の方が珍しいでしょうけどね。」

「…………。」